初日の出
年越しの興奮も落ち着き、静かな夜が訪れた。
キンと冷えた空気の中、俺はひっそりと窓を開けて屋根の上へ出た。
数時間前まで騒いでいた黒崎家のみんなは今はもう夢の中だ。
「はー・・・・・・寒っ」
両手に吐き掛けた息は白い湯気を上げてたちまち夜の闇に消えていった。
朝6時過ぎという時間の割には人の声がしない。
おそらく、家を空けているか、眠っているかだろう。
「・・・・・・はー・・・・・・」
再び両手に息を掛けて暖を取る。
今まで暖かい部屋にいたため、一段と寒く感じる。
「・・・・・・新年、か・・・・・・」
小さく呟いて、俺は屋根の端の方に腰を降ろした。
屋根の冷たい感触に一瞬身震いした。
俺が尸魂界を出て、現世へ来てからもうどれくらいの時が過ぎただろうか。
あっという間に過ぎ去っていった日々はあまり記憶に残っていない。
何をするにも必死だったから。
それなのに、出てくるときの空気や空の色、アイツの顔は覚えている。
それより以前のことも色あせずに記憶の中に残っている。
まるで昨日のことのように思い出せるあの日々を俺は多分きっと忘れないだろう。
そして、黒崎一護という男と出逢ってからの日々も・・・・・・。
一護と出逢ってからの日々は本当に目まぐるしくて、あっという間に過ぎていった。
「色々あったなぁ・・・・・・」
立てた両膝を抱えて目を閉じれば走馬灯のように駆け巡る。
――――カタ
ふと静寂の中に微かな物音がした。
顔を上げ、音のした方を見ると、丁度、一護が窓から出てくるところだった。
「・・・・・・一護・・・・・・」
「・・・・・・こんな寒い中、薄着で何やってんだ?」
そう言う一護も寝巻き代わりのスウェット姿だった。
それなのに、一護は持っていた毛布を俺の頭の上からかぶせた。
「・・・・・・お前も薄着じゃん」
小さく笑いながら言うと、一護は唇を尖らせながら、
「俺は良いんだよ、暑がりだから」
と嘯いた。
「いやいや、意味わかんねぇよ。チョー震えてんじゃん」
目に見えてわかるほどに一護は全身を小刻みに震わせていた。
(しょーがねーなー)
俺は毛布をずらして頭を出し、片側をめくり上げて一護に手招きした。
「ほら、お前も入れよ」
「はぁ!?・・・・・・っと、ヤベ・・・・・・」
一護は目を見開いて声をあげ、慌てて口を手でふさいだ。
そうっと窓の方へ身を乗り出し、中を覗いてホッと息をついた。
その様子で遊子も夏梨も親父さんも目覚めることはなかったらしいとわかる。
数時間前まで騒いでいた彼らは、年が明ける少し前から一護の部屋で酒盛りを始め、年明け後も大騒ぎした挙句、突然ぜんまいの切れたおもちゃのようにぱったりと倒れこみ、すやすやと安らかな寝息を立て始めたのだ。
俺も一護もそれを眺めながら囁くように会話をしていたが、すぐに一護も眠ってしまい、暇をもてあました俺はこうして部屋の外へ出たのだ。
「早く入れよ、寒いだろ」
一護は薄っすらと頬を赤く染めつつ、渋々といった風を装いながら俺の隣に腰を下ろした。
俺は笑いをかみ殺しながらその肩へ毛布を掛けてやった。
「・・・・・・静かだな」
しばらく黙り込み、触れた肩先からお互いの体温が伝わっていくのを感じ取る。
そんなとき、一護がポツリと呟いた。
「・・・・・・うん、静かだ」
「お前、どうしてこんなところにいたんだ?」
「・・・・・・昔から、俺はこうして屋根に上って町や空を見るのが好きなんだ」
「・・・・・・昔、から?」
「そう。それこそ一護が生まれるずーっと前から・・・・・・」
「・・・・・・ひとりだったのか?」
「ん〜?そうだなぁ・・・・・・ひとりのときもあったし、そうじゃないときもあった」
遠い昔、こうして一緒に過ごした人の姿を思い浮かべる。
その人も一護みたいに仏頂面をしつつも俺が満足するまで付き合ってくれた。
「でも、ひとりのときの方が多かったかな・・・・・・」
何をするでもなく、ただぼんやりと眺める風景が好きだった。
隣にアイツがいてくれたら・・・・・・なんて思うときもあったけれど、こんなくだらないことに付き合わせてしまうのは申し訳ないとガラにもなく殊勝なことを考えて、いつも誰にも告げずにひっそりと屋根に上っていた。
それなのに、アイツは何故か必ずと言って良いほど、俺の元へとやって来た。
そのときの嬉しさは簡単に言葉には表せない。
「・・・・・・なあ、」
「うん?」
呼ばれて顔を向けると、いつになく真剣な表情の一護の視線とぶつかった。
「これからは、さ・・・・・・俺が一緒にいてやるから・・・・・・」
言っているうちに恥ずかしくなったのか、一護はぱっと顔を背けて正面をにらみつけた。
「・・・・・・・・・・・・黙っていなくなったりするなよ・・・・・・」
消え入りそうな声で呟く一護。
耳まで真っ赤に染めている。
「・・・・・・一護・・・・・・」
真剣な一護の想い。
今までずっとはぐらかしてきた、その想いがどれくらい真摯なものなのかを俺は今、痛いくらいに感じた。
ごめん、とも、ありがとう、とも言えず、ただただ一護の横顔を見つめた。
いつしか空は暗い闇から青く明るい色へと変化していた。
少しずつ少しずつ白んでいく空から、真っ白な太陽の光が輝き出し、一護の横顔を照らしていた。
*おわり*
+あとがき+
本編全然進んでないのに先の話を書いてごめんなさいm(_ _)m
ふと思いついてしまったもので・・・・・・。
ネタばれしないように気をつけてますが、何かしら滲み出ているかもしれません(汗)
本編も頑張ります。