ひっそりと流した涙
『好きだよ』
出会って間もない頃、臆面も無く言われた言葉。
その言葉を半信半疑で聞いていた覚えがある。
馬鹿馬鹿しいと、一言吐き捨てたはず。
まさか、俺自身があの人に惹かれるとは思ってもみなかったから。
「・・・馬鹿みたい。」
部活が終わると必ず携帯を確認してしまう自分に、心底呆れた。
鬱陶しいと思っているはずなのに、どこか期待している自分がいる。
「来てない、か・・・」
メールも着信も残っていないディスプレイを見て、ため息がこぼれた。
それが安堵からなのか、失望からなのか自分でもわからない。
「どうしようかな・・・」
このまままっすぐ帰宅しても、何もやる気がしない。
あの人と付き合うようになってからは、毎日、部活後にあの人と会っていた。
だから、真っ直ぐ家に帰るということをしていなかったため、家に帰ってからの過ごし方を忘れてしまった。
最近、あまり連絡もくれないし、会いに来るということも無くなった。
何をしているのだろうか・・・
「なーにブツブツ言ってんだよ、深司?」
神尾の声が聞こえて、俺は携帯をカバンにしまった。
「・・・神尾には関係ないだろ。早く着替えて帰れば?跡部さん待ってるんじゃないの。」
「跡部は待たせとけばいいんだよ。いっつも俺が待ってんだからよ。・・・・つーか、そうじゃなくて。お前、ホント、なんか困ってることとかあったら俺に言えよな?」
悩みの原因に何が話せるというのだろうか。
あの人が関東大会で神尾に負けた翌日から、不動峰へ来なくなった。
俺からあの人へ、メールをしたり電話をしたりなんてことはしていないけれど、向こうから連絡してくれるのを待っている・・・・・ような気がする。
* * * * * * * * * *
一人で家に帰る途中、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「あれは・・・千石さん?」
歩いている最中、無意識にも考えてしまっていた人物だ。
「・・・・こんなところで何してるわけ・・・ていうか、一緒に居る人は誰・・・」
ここは俺の家の近所で、山吹中の通学路ではない。
だから、偶然すれ違ったり、遭遇したりするはずが無い。
第一、俺の家がこの近くにあることは、千石さんも知っているわけで、その近所で俺の知らない女と腕組んで歩くなんていうのは、考えが浅はか過ぎるのではないだろうか。
あの人は不動峰の練習が何時に終わって、どのくらいの時間でこの道を通るか知っている。
知っている上で、ここに居るということは、きっと・・・・俺に飽きたんだね。
「・・・別にいいけど、俺は・・・」
素っ気無い態度しか取らない俺に千石さんは嫌気が差したのだろう。
「そういえば、一度も・・・」
俺から千石さんへ好きと言ったことが無い。
自分の気持ちに素直になれない俺は、天邪鬼なことばかり言っていた。
その結果、知らない間に捨てられていたのだ。
「笑える・・・」
今更、自分が取った態度を悔やんでも手遅れで、悲しさを通り過ぎて、呆れてしまう。
というか、悲しいという感情すら沸き起こらなかった。
「あ・・・」
じっと二人の背中を見据えながら歩いていたら、不意に千石さんが振り返った。
俺の顔を見て、驚いたように目を丸くしていた。
「聞いてるの、清純?」
女の声が微かに聞こえる。
千石さんの耳には入っていないようで、女が苛立たしげに千石さんの体を揺さぶった。
「・・・ぁ、ごめん。何?」
ハッとしたように、女の話に耳を傾ける千石さんを見て、胸が酷く痛んだ。
「・・・なに、これ。」
カッターシャツの上から胸を押さえて、痛みをやり過ごそうと目を閉じた。
チクチクどころか、ズキズキと痛む。
(もしかして、傷ついてる?)
千石さんが俺より女を取ったことに傷ついているのか、放っておかれたことに傷ついているのか、判別できない。
どちらにせよ、千石さんにフラれたことを確信して傷ついていることに変わりはないけれど。
「・・・・・・・・・いない。」
痛みが弱まり、目を開けると、既に二人の姿は無かった。
それを考えなかったわけじゃないけれど、実際に目の当たりにしてしまうと、どうしたらいいのかわからない。
しかも、ほんの少しだけ、俺のところへ来てくれるだろうなんて期待していた。
「ホント、馬鹿みたい・・・」
ボソリと呟くと同時に、俯くと、地面にポタポタと染みができた。
頬を伝う温かいものに触れ、自分が泣いていることに気づいた。
「・・・・・・・・好き、だよ・・・千石さん・・・」
こんなにも胸が痛むくらい、人を好きになるなんて初めてのことだった。
*おわり*
+あとがき+
千伊武で、伊武失恋です。
ていうか、千石との絡みが無い・・・