真夜中の奇跡
「……何でここに居るんだよ」
ある日の夜中、トイレから自分の部屋に戻ってくると、ここにいるはずのない従兄弟が部屋に居座っていた。
俺はため息をつきながらゆっくりと部屋の時計を見上げ、時間を確認した。
時計の針はもう午前1時を回ろうとしている。
「今何時だと思ってるの、リョーマ」
「この時間に来ても、誰も文句なんか言わないけど?」
リョーマを部屋に上げたのは紛れもなく父さんだろう。
確かに我が家は来客は自由で、明け方に来ようが真夜中に来ようが構わない。
普段から友達が遊びに来てそのまま泊まっていく、というのも頻繁にある。
「あ、そう。で?今日は何?」
リョーマがこんな遅くにこの家に来るということは、よっぽどのことがあったに違いな
い。
といっても、大抵、そんな深刻な話ではなくて、普通に桃城先輩とのノロケ話だ。
だけど、今日は少し様子が変だ。ケンカでもしたのだろうか。
この二人がケンカするのはそう珍しいことではなく、いつも些細なことで揉めている。
「……別に」
ぷいっと拗ねたように横を向くリョーマ。
「ふーん」
俺はベッドに寝転び、読みかけの文庫本を開いた。
床に座っていたリョーマがすくっと立ち上がり、俺の隣に寝転がった。
「狭い」
自分から入ってきておきながら、不満げにリョーマは呟いた。
「文句言うなら床に布団敷けば」
「やだよ、めんどくさい」
「だったら文句言うな」
俺がそう言うと、リョーマは口を噤んだ。
ちらりと横目で見てみれば、じっと俺の顔を見ているリョーマと目が合った。
「何?」
俺が問いかければ、リョーマは視線を逸らし、顔を伏せた。
「もし、恋人に他に好きな人がいたら、はどうする?」
「は?」
リョーマに問いかけられて、ふと頭を過ぎったあの人の姿。
何でも話し合えるこの従兄弟にも話したことのない人。
「何で?てか、桃城先輩って、リョーマの他に好きな人がいるの?」
動揺を悟られないように、平静を装う。
「……多分」
「心当たりがあるんだ?」
「……橘杏っていう人。不動峰の」
そう言われて、頭に思い浮かべた。
一度だけ、リョーマたちがよく行くストリートテニス場で見たことがある。
言葉を交わしたわけではないけど、明るくて可愛い人だなと思った。
「……それ、桃城先輩に聞いてみたの?」
「聞いてない。ていうか、聞けるわけないだろ、そんなこと」
「聞けないって気持ちはわかるけど、リョーマの思い込みかもしれないだろ。一度、聞いてみてじっくり話したら良いんじゃないの」
「は聞けるの?」
「聞くよ。こんなとこでウジウジしてたって何にも変わらないし余計落ち込むだけだから。本人に面と向かって聞けば責めることも詰ることもできる。それに、安心できると思うけど」
俺はリョーマの目をしっかり見据えて、そう言った。
「そっか、そうだよな……俺、桃先輩に聞いてみる」
リョーマは起き上がり、ベッドから飛び下りた。
そして、カバンから携帯を取り出した。
「直接会って話したら?桃城先輩なら、呼べば出てきてくれるんじゃない?」
桃城先輩もリョーマとのケンカは相当堪えるらしく、翌日まで長引いた時など寝不足の目で登校してくる姿を何度も見たことがあった。
だから、今夜も多分眠れないでいるだろう。
「……そうする」
リョーマはそのまま部屋から出ていった。
「……ったく、世話が焼ける」
どうせすぐ仲直りするんだから、いつもいつも揉めなければ良いのに……そんなことを思いながら俺は文庫本に目を戻した。
そして、ふと思い立って、枕元に置いた携帯を取る。
メモリからあの人の番号を呼び出し、電話をかけた。
Trrrr...Trrrr...
『もしもし!どうしたの、』
2コールで相手は出た。
非常識な時間にかけたというのに、いつもと変わらないその優しい声音にホッとする。
「ちょっと、声聞きたいなぁって、思って……」
『そうなんだ』
「今から会いたい、って言ったら怒る?」
『まさか。怒るわけないだろ。今、家?』
「うん……来てくれるの?」
違う学校に通う彼。
もちろん、家は遠い。
こんな時間では、電車もないのに彼は来てくれると言うのだ。
これほど嬉しいことは他に無いと思う。
『行くよ。可愛い恋人の頼みだから真夜中だろうと何だろうと行くに決まってるだろ』
「ありがと」
『じゃあ、今から行く』
「うん、待ってる。また後で」
『うん、後で』
通話の切れた携帯を閉じ、再び本を読む。
あの人が来たらリョーマに紹介してやろうと決めた。
*おわり*
+あとがき+
何だか、思っていた内容と大分変わってしまいました・・・
コッソリ手直しするかもしれません。
さて、主人公の相手は誰なのでしょう・・・?
書いた私ですら、誰なんだかわからない(笑)
[2012.01.17 加筆修正]
主人公とその相手の言葉づかいや文章のおかしなところを直しました。