君に届け



教室の窓から何気なく見上げた空があまりにも綺麗で、あの人にも見せてあげたいと思った。
だけど、あの人はきっと、空を見上げる余裕なんてないと思う。
とってもとっても忙しい人だから。
空を見上げて綺麗だなんて思うことがあるかどうかも疑わしい。


「もったいないよなぁ・・・・・」


ポツリと呟くけれど、誰も答えはしない。
教室の中にはただ一人僕がいるだけ。
いつものことだ。
放課後、クラスメート達が皆帰っていっても、僕は一人で教室に残る。
別に虐められているとか友達がいないとかいうわけではない。
誰もいない教室で、一人で静かに本を読む時間が好きなだけ。
グラウンドの方から聞こえる部活動中の生徒たちの声やボールの音、音楽室の楽器の音などに耳を傾け、ぼんやりするのも好きだ。
あの人の声も聞こえないかな、と、いつも期待するけれど、今まで一度も聞こえたことはなかった。
それもそのはず、この教室からあの人がいるテニスコートまでは大分距離があるし、テニスコートは客席スタンドで囲まれている。
そして、この学校自体が広大な敷地ということもあり、グラウンドの声は届いてもテニスコートの声は届かないのだ。
わかっているけれど、どうしてもあの人の声を探してしまう。


「・・・・・・・跡部先輩に会いたいな・・・・」


今日はまだ一度も姿を見ていない。
学年が違うから教室も遠くて、休み時間のたびに出歩いてみても、すれ違いさえしない。
三年生の教室まで行くのは気が引けるから、階段の下で待ってみたけれど、跡部先輩の姿は見えなかった。
通りかかった知り合いの先輩が僕に気づいて声をかけてくれたけれど、彼は僕が跡部先輩に会うために来たことを知らないから、僕は偶然を装って誤魔化し、用事を思い出したふりをしてその先輩から離れた。


「・・・・・・やっぱり夢だったのかなぁ・・・・」


二週間前に起きた出来事が未だに信じられない。
夢だったのだと言われても納得できてしまう。
それは・・・・・・・


『お前のことが好きだ』


跡部先輩が僕に言った言葉。
生徒会長でテニス部部長で学校一のカリスマである跡部景吾先輩が、何のとりえもないチビで地味な僕のことを好きだといったのだ。
もちろん入学したときから憧れていた僕に否やはなく、ただただ嬉しくて思わず泣いてしまった。
跡部先輩は、そんな僕を、仕方ないなとでも言うように、そっと抱きしめてくれた。
そのどれもが全部夢だったのではないかと思えて、思い出すたびに切なくなる。
僕の携帯電話に登録されている跡部先輩の電話番号やメールアドレスを見ると夢ではないとわかるけれど、それらのメモリが僕の携帯の着信履歴に残ったことはない。
その理由は、跡部先輩は学校生活だけでなく、家のほうでも忙しくしているみたいで、メールを送っても返事が返ってくることがないからだ。
電話をかけてもいつも伝言サービスに繋がってしまい、折り返してかかってきたこともなかった。
だから電話をかけることはしなくなったけれど、時々、短いメールを送ることがあった。
生活の中で見つけたささやかな幸せを、跡部先輩にも教えてあげたくて、携帯のカメラで撮影した写真とメッセージを送る。
返事が返ってくることを期待しているわけではない。
そのメールを見た跡部先輩がどう思っているかはわからないし、見てくれているかもわからないけれど、僕の幸せな気持ちが跡部先輩にも伝わると良いなと願っている。


「この空も送ってあげようかな・・・・」


僕は携帯電話のカメラを起動して、窓の外へ向けた。
距離とか角度とか変えて、何度も何度も撮り直す。
静かな教室にカメラのシャッター音が繰り返し響き渡る。


「あ。良い感じだ」


ようやく、光の入り具合や、空の色、雲の形が満足いく写真が撮れた。
間違えて消してしまわないよう慎重に保存して、メールの作成画面を開く。


Date ○/○ 16:14
To  跡部景吾先輩
Sub  跡部先輩へ
------------------------
部活動お疲れ様です。
僕は今、教室で本を読んでいました。
何気なく空を見上げたら、とっても綺麗だったので、跡部先輩にも見てほしくなりました。
忙しくて見る暇なんてないかもしれないけれど、気が向いたらで良いので、空を見上げてみてください。
きっと、幸せな気持ちになれると思います。
今日も練習頑張ってください。




メール文を打ち終わり、先ほど撮った写真を添付して送信する。
送信完了画面が出るまでじっと見つめた。
僕の想いも一緒に届くように願いを込める。


「これでよし。本の続き読もうかな・・・・」


携帯電話を閉じ、机の上に置いて、読みかけの本を開く。
昨日、図書室へ行ったら“オススメの本”の棚に並べられていた洋書。
僕は普段、洋書は読まないけれど、跡部先輩が好きな本だと聞いたことがあったのを思い出し、借りてみることにした。
少しでも跡部先輩の気持ちがわかれば良いなと思ったのだ。


―――ブブブッ...


突然、机の上の携帯電話が振動を始めた。


「ぅわ!・・・・・・誰だろ・・・・」


サブディスプレイに表示された名前は“跡部景吾先輩”となっている。


「え!?跡部先輩!?」


僕は慌てて携帯電話を取ろうとして、思わず弾き飛ばしてしまった。
カツンと床に落ちるのとほぼ同時に振動はやんだ。


「こ、壊れてないかな・・・・」


僕は椅子から立ち上がり、携帯電話を拾った。
開いて見ると、ちゃんとディスプレイは表示されている。


「・・・・よかった、壊れてないみたい」


ディスプレイの下のほうには“新着メール1件”と表示されていた。


「メール・・・・何だろう」


跡部先輩から初めて届いたメール。
嬉しいような怖いような気持ちでドキドキしながら受信メールを開いた。


Date ○/○ 16:21
From 跡部景吾先輩
Sub  
------------------------
いつもお前からのメールを楽しみにしている。
返事を返さなくて悪いな。
今は関東大会に向けて、やることが山積みだ。
大会が終われば、多少は時間があくだろう。
その時には必ず連絡する。

The world at which you are looking is always too beautiful and it is too dazzling for me.
I love you most in the world.

跡部



一文字一文字を大切に読む。
跡部先輩が初めて僕にくれたメールは、僕をこれ以上にないくらい幸せにしてくれた。


「どうしよう・・・・・幸せすぎて死んじゃいそう・・・・」


高鳴る胸の鼓動、熱くなる頬。
溢れんばかりのこの気持ち。


Date ○/○ 16:23
From 跡部景吾先輩
Sub  跡部先輩へ
------------------------
跡部先輩、大好きです




たった一言だけれど、この一言に想いの全てを込める。
跡部先輩に伝わると信じて・・・。




*おわり*



+あとがき+


どうして跡部が告白したのかとか、どこでどういう風に出会ったのかとか、また書けたら良いなと思います。
名前変換が少ない上に説明が足りない文章でスミマセン。
一応、主人公は二年生です。


メールの英文訳↓
お前の見ている世界はいつも綺麗過ぎて俺には眩し過ぎる。
世界で一番お前を愛している。”

色んな翻訳サイト様で英訳してみましたので、多分あの英文で大丈夫かと・・・。