零れる砂




僕はずっと真っ白な世界しか知らない。


生まれてからずっと、真っ白な小さな世界しか知らないんだ。


此処にあるのは、恐怖と寂しさと静けさと・・・・・・・・・真っ暗な闇。


外の世界を知らない僕に、外の世界を教えてくれる人は居ない。


そう思っていた。




ある日、君が来てくれた。



君は僕に光を与えてくれた。






。こんにちは。」


病室のドアを開けて中に入ってきたのは、不二周助。
周助とは最近知り合ったばかりだ。
1ヶ月くらい前、たまたま用があって病室の外に出た僕と、たまたま病室の前を通りかかった周助が、ドアのところでぶつかった。それが始まりだった。
それから色々と話すようになって、いつのまにか、周助が僕に会いに来ることが当たり前になった。


「周助。」


「今日は調子どう?顔色は良いみたいだね。」


周助は、ベッドの横にある椅子に腰掛けながら、僕の体調を尋ねてきた。


「うん、今日は気分も良いし、ずっと座って窓の外見てたんだ。」


「そうなんだ。今日は晴れてて良かったね。」


「うん。そうだね。」


少し前までは、ベッドから降りて、病室の外にも出ることができた。
だけど、徐々に、体が弱っていくのがわかる。
先週までは、点滴をつけたままだったけど、病室の外に出て、周助と一緒に屋上にも行った。
休憩所でお茶も飲んだし、ロビーで座って話もできた。
でも今は、病室の外に出ることは許されない。
まだ、自力で動くことはできるけれど、ちょっと動いただけですぐ疲れてしまう。
それでも、周助は毎日会いに来てくれる。
面倒くさくないのかな、とか、毎日毎日疲れないのかな、とか、いつも思う。


「あ、今日はね、が欲しいって言ってた砂時計持ってきたんだよ。」


「本当?ありがとう。」


周助がカバンの中から、青い砂の砂時計を出した。


「わぁ、キレイな青だね。」


僕は周助から砂時計を受け取った。


「周助の瞳の色と同じだね。」


「え?そうかな?」


「そうだよ。同じ色してる。」


「ふふっ。が言うならそうなんだね。」


「うん。僕が言うんだから間違いないよ。」


僕が言った後、一瞬の間が空いて、二人同時に笑った。



この楽しい日々がいつまでもいつまでも続くと良いのに・・・



* * * * * * * * * *



1ヶ月前、と知り合った。
あの時初めて会ったとは思っている。
だけど本当は、もっと前に僕たちは出会っているんだ。




僕が小学2年生のとき、裕太が風邪を引いて、母さんと病院へ行くのに僕もついて行った日だった。


「君、大丈夫?」


病院の入り口のそばの植え込みの前で蹲っている男の子を見つけた。
パジャマ姿だったから、入院している子だとわかり、声をかけた。
その男の子がだった。


「え?大丈夫だよ。」


はきょとんとした顔で僕を見上げた。


「何していたの?」


「コレ、見てたんだ。コレが何か知ってる?」


が示したのは、砂時計だった。


「あそこの窓から見てたら、キラキラしてるから気になったんだ。」


は3階の病室の窓を指差して言った。


「これは、砂時計だよ。」


「“すなどけい”って何?」


最初は僕をからかってるのかと思った。
でも、違った。は本当に知らなかったのだ。


「砂時計は時間を測るんだよ。砂が完全に落ちるまでの間を計るんだ。見ててごらん。」


僕は砂時計を拾って、砂を片方に落として、植え込みの壇に置いた。
少しずつ落ちていく砂をしばらく二人で眺めた。


「うわぁ〜。すごいすごい!!」


はとても嬉しそうに砂時計を見ていた。


「まぁ!!くん!!お外に出ては駄目と言ったでしょう?」


「あ・・・ごめんなさい・・・」


しょんぼりと肩を落としたはそのまま看護婦さんに連れられて病院の中へと戻っていった。
それ以来、僕とが会うことはなかった。





あの時拾った砂時計を、綺麗に拭いて、にあげたんだ。
は忘れているかもしれないけれど・・・。






数日後、の容態が悪化した。


「しゅ・・・・すけ・・・・」


お医者さんや看護婦さんたちが慌しく出入りする病室の入り口に立っていると、に呼ばれた。


「どうしたの?」


お医者さんたちに目で促されて、のそばに行った。
もう、駄目なんだとわかったから。


「あのね・・・・・コレ、なつかしいね・・・」


は床頭台の上にある砂時計に手を伸ばした。
完全に砂が落ちきっているそれをゆっくりとひっくり返して、再び置いた。
少しずつ砂が落ちていくのを見つめる。


「・・・・・・・・覚えていたの?」


「おぼえてる、よ・・・。」


は視線を砂時計から僕に移した。


「はじめて、周助に、会った日だもん。忘れるわけ、ない・・・。」


苦しそうに、だけど、どこか嬉しそうには言う。


「そうだね。僕も、忘れないよ。ずっとね。」


「うん・・・・・ずっと、忘れないで・・・」


が僕のほうへ手を伸ばしてきた。
僕はその手をしっかりと握った。


「僕ね、ずっと、周助のこと・・・・・・好き、だったんだ


スッと力が抜け、の手が真っ白なシーツの上に落ちた。
もう、の瞳は何も映すことはない。
最期の言葉は、小さくて、聞き取りにくかったけれど、僕の耳にはしっかり届いた。


「僕も、好きだよ。ずっと、のことを好きだった。忘れたりなんかしないよ。だから、ゆっくりおやすみ・・・」


もう、届くことはないけれど、僕の本当の気持ちを伝えた。

の砂時計を見ると、丁度、砂が落ちきったところだった。




この砂時計の砂が完全に落ちきるところを初めて見た。
最初に拾った時は、が居なくなったから、途中で止めた。
持って帰っても、家で使うことはなかったし、にあげてからも一度も使わなかった。


もしかすると、この砂時計は、の最期までを計るものだったのかもしれない。


そう考えたら、涙が止まらなくなった・・・




*おわり*





+あとがき+



砂時計の説明って難しい・・・