君のすべてを手に入れられたら、どんなに幸せだろうか・・・



ふとした瞬間に、そんなことを思う。
君の心をこの手に掴むことが出来たら、俺はもう他には何もいらない。




キミノココロ




【side


「あのヤロー、逃げやがったな・・・」


大学の講義が終わり、待ち合わせをしている中庭のベンチに行くと、そこにいるはずの奴の姿はなかった。
お互いの必修の講義が違い、行動を共にしていなかったため、奴はすっぽかしたようだ。
もしかしたら向こうの講義が長引いているのかもしれない、と普通なら思うはずだけれど、残念ながら俺はそう思わない。
何故なら、アイツと同じ講義を取っている学生に先ほど会ったからだ。
とっくの昔に講義は終わっているし、アイツもちゃんと出ていたと聞いた。


「春海のバカヤロー!!」


俺は苛立ち任せにベンチを蹴り、形振り構わず叫んだ。
何事かと集まってくる学生たちを一睨みし、中庭を後にする。


「見つけたらただじゃおかねぇぞ・・・・」


とっ捕まえてぶん殴ってやらないと気が済まない。
アイツが行きそうなところはわかっている。
目指す場所はただ一つ・・・・・・・・・・アイツの実家。






* * * * *






アイツ・・・坂本春海とは幼馴染だった。
小学六年生のとき、親の仕事の都合で俺がアメリカに行くまでは、家も近所だったこともあって、家族ぐるみで付き合いがあり、俺たちは毎日一緒に遊んでいた。
あの頃から俺は春海のことが好きで好きで仕方がなく、今すぐにでも手に入れたいと思っていた。
だけど、春海が俺のことをそういう風に見ていないことはわかっていたから、俺は自分の気持ちを押し殺していた。
そんな時、アメリカに行くことが決まってしまい、堪えきれなくなった俺は夜遅いにもかかわらず春海を呼び出し、想いを告げようとした。
しかし、春海の顔を見た瞬間、想いを告げることよりも、離れなければならないことへの悲しさが先立って、俺は春海の前で泣いてしまったのだ。
あのときの春海の困惑した顔は今でも覚えている。
当然だろう。
今までずっと春海のことを下僕みたいな扱いをしていた俺が泣いたのだから。
それ以上春海を困らせたくなくて、別れのときは笑顔で手を振った。
アメリカで暮らしている間も春海への想いは募るばかりで、春海に会いたくて、日本の大学を受けたいと親に頼み、一人で日本に帰ってきた。
大学で再会したときは嬉しさのあまり、ほとんど勢いで告白してしまい、戸惑う春海を言いくるめて、恋人という立場を手に入れた。
それもあってか、春海は俺を避けるようになった。
会えば話もするし、一緒に食事をとることもある。
だけど、一向にそこから先に進む気配はなく、春海も俺に対して素っ気無いように感じた。
それでも俺は、春海のそばにいたくて、いつも強引に、脅しのように約束を取り付けて、一緒にいる時間を作っていた。


「そろそろ潮時なのかもな・・・・・・」


本当はわかっていた。
春海が俺のことを好きじゃないことも、俺がそばにいることを春海が望んでいないことも。
俺がそばにいることが、春海を困らせているのであれば、俺は早く春海から離れなければならない。
春海を好きだという気持ちは変わらないけれど、そばにいられないのは辛すぎる。
だからこそ、俺は決定的なことは口にせず、ズルズルと関係を引き伸ばしていたのだ。


「・・・・・・・・・・今日で最後にしよう・・・」


こんな不毛な関係は、今日で終わりにしよう・・・
そう決意して、俺は春海の家に向かった。






* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *






【side 春海】


約束をすっぽかしたのは悪いとは思ったけれど、どうしても納得がいかなくて、講義が終わると同時に大学を飛び出した俺は、久しぶりの実家に帰ってきていた。
自室のベッドに横たわり、見上げた天井にぼんやりとの顔が浮かぶ。


「やっぱり怒ってるだろうな・・・」


可愛い顔をして、はかなり短気だ。
昔から何一つ変わっていない。
あの細い体からは想像も出来ないくらいの馬鹿力を備えている上、幼い頃から習い続けていた空手や合気道のお陰で、腕っ節も強い。
俺より一回りも二回りも華奢なくせに、力技じゃには適わないのだ。
そのを怒らせたらどんな目に遭うか、身をもって知っている。
それでもやっぱり、自分の中にある迷いは誤魔化せない。
気持ちがはっきりしないままのそばにいても、を傷つけるだけだとわかっている。


「はあ・・・・・・どうすれば良いんだ、俺は・・・」


二ヶ月前、大学の入学式でと再会した。
入学式の会場で、隣の列の三つ前に座っている人物がやけに気になっていた。
最初は、誰かに似てるな・・・と思う程度で、思わずじっと見つめてしまっていた。
そして、向こうが俺に気づき、声をかけてくるまで、それが小学六年生の時に親の仕事の都合でアメリカに行ってしまった幼馴染のだとわからなかった。


『・・・・・・・・・また、会えるかなぁ・・・?』


がアメリカに経つ前日の夜、そう言って泣いたの姿は今でも忘れられない。
気が強くて、意地っ張りで、何があっても決して人前では弱みを見せないような奴だったのに、あの夜、俺の目の前では、声を押し殺し、肩を震わせながら泣いていた。
そのときの俺は泣いているに何もしてやれなかった。
翌日、家の前で一家を見送ったときは、はいつもどおりの笑顔で、じゃあな、と言った。
あの涙は幻だったのではないかと思うくらい晴れ晴れとした笑顔だった。
それ以来、とはまったくと言って良いほど連絡を取っていなかった。
だから、が日本に帰ってきていたことすら知らなくて、大学で再会したときはかなり驚いた。
そして、それ以上に驚いたのが、からの告白だった。


『俺、春海のこと好きだから。』


再会したそのときに告白され、ほとんどに押し切られる形で“恋人”という関係に至ったのだが、正直なところ、俺の気持ちはいまだにわからない。
俺の中で、は七年前に離れ離れになった幼馴染でしかない。
ただの友人だと思っていた相手に、再会した直後に突然告白されても戸惑うばかりで、何一つピンとこないのだ。


「嫌いってわけじゃないんだけどな・・・・」


じゃあ好きなのか、と問われてもイエスとは答えにくい。
その“好き”が恋愛としてなのか友情としてなのか、自分でもわからないからだ。


「はあ・・・・・」


何度目かわからないため息を吐く。






* * * * *






――――コンコン




控えめなノックが聞こえ、俺はドアに目を向けた。
母さんか誰かが来たのだろうか・・・


「はい?」


体を半分起こし、ドアの向こうに声をかける。
しかし、ドアは一向に開く気配を見せない。


「何だ?誰だよ・・・・」


俺はベッドから降り、ドアを開いた。




――――ドスッ




「ぅっ・・・・!?」


みぞおちの少し下辺りに重い衝撃があり、一瞬息が詰まった。
何事かと視線を下に向けると、目の前にがいた。
そして、その右手が俺の腹部にめり込んでいる。


「・・・テメェ、なに、人の約束すっぽかしてやがんだ!?あ゙ぁっ!?」


怒声と共に蹴り飛ばされ、俺は部屋の中に転がり込んだ。
バタンと少し乱暴にドアが閉まる。
尻餅をついた俺の目の前にはが腕を組んで仁王立ちになって、俺を見下ろしていた。


「なあ、春海?俺言ったよな?講義が終わったら中庭にいろって。すっぽかしたら半殺しだって言ったよなぁ?お前はそんなに俺に殺されてぇのか?」


乗りかかられ、倒れた拍子にゴツンと床で頭を打つ。
痛いと思うのも束の間で、ガシッと胸倉を掴まれ、身動きが取れなくなった。


「ッザケんなっての!!お前は何か?俺の血管ブチ切らせんのが趣味なのか!?あぁ?何とか言えよコラ!!」


ガクガクと思い切り揺さぶられ、三半規管がおかしくなりそうだ。


「く・・・くるし・・・っ」


少しでも緩めようとの手を掴もうとした瞬間、の指がパッと俺の胸倉から離れた。
再び頭を床に打ち付ける。


「イタタ・・・・・」


打ち付けた頭を右手でさすりながらの顔を見上げる。
その顔は怒りに満ちていたけれど、どこか悲しげで苦しそうだった。


「・・・・・お前は、そんなに俺が嫌いか?」


低く問いかけられる。
その声はかすかに震えていて。


「俺が嫌いなら嫌いだってはっきり言えよ!!!・・・お前が中途半端にするから、俺、お前から離れられねぇんだよ!!」


の目から零れた涙がポツリと俺の頬に落ちる。
俺は驚きのあまり、の顔を凝視した。


「・・・・どうせ、見込みがねぇんなら、スッパリ断ち切らせてくれよ・・・・」


涙の雫は留まることを知らず、ポタポタと止め処なく零れ落ちてくる。
無意識に俺の手がの頬に触れ、が驚いてビクッと震える。


「え?あ・・・・」


ハッと我に返った俺は慌てて手を離した。
自分でも今、どうしてに触れたのかがわからない。


「・・・・・・・・ごめん。」


小さく謝ると、がまたビクッと震えた。
そして、俺の上から退くと、黙って部屋を出て行こうとする。


「俺は、まだわかんないんだ。お前のこと、どう思ってるかなんて、わからない。わからないのに、答えなんか出せるはずがないだろう?」


の背中に言葉を投げかけると、はドアノブに手をかけた状態で止まった。


「だけど・・・・だけどな、何て言うか・・・・好きとか、嫌いとか、そんな簡単な言葉で片付くほど単純じゃないと思うんだ。それに、こんなことでお前との関係を断ち切りたくない。とりあえず今はそばにいるだけじゃ駄目なのか?」


俺の言葉にが振り返る。
その顔は涙でグチャグチャに濡れている。
泣かせたまま終わりたくなかった。
あの日見た涙と、今のの涙は同じのような気がした。
あの時、胸の奥深くで密かに燻っていた憤り。
それと同じものを今感じていたからだ。


「・・・・・お前が泣くと調子が狂う。」


立ち上がり、のそばへ行く。


「・・・・なんだよ、それ・・・」


そう言って俺の胸に軽く拳を当てたは、小さな声で、ありがとう、と呟いた。
その顔は、もう泣いていなかった。




*おわり*



+あとがき+

異様に長くなりましたが、坂本春海夢です。
プリプリでは脇役ですが、高校生時代より大学生の方が書きやすかったので・・・
またこの主人公で書こうかな?