【第一話】



「そろそろ良いかな」


自動販売機でジュースを買って、飲み終わった頃に健がそう言った。
空き缶をゴミ箱に放り投げ、先ほどの公園の公衆トイレに向かう。
女性用トイレの個室で、全身ずぶ濡れになった渋谷有利陛下が倒れている。


「あ、おまわりさーん!こっちでーす!!」


健が公園の入り口に向かって手を振った。
さっき携帯電話でどこかに電話していると思ったら、警察を呼んでいたらしい。


「渋谷、渋谷!!」


何かの着メロが鳴り響く中、健が陛下の肩を揺さぶりながら声をかけ始めた。


「渋谷、渋谷っ」


「うわびっくりしたッ」


目を覚ました陛下が辺りを見渡し、警察官が陛下に大丈夫かと声をかけている。
僕はドキドキしながら健の背中に張り付き、陛下の顔をまじまじと見つめた。


「村田健・・・・・・・逃げたんじゃなかったのか」


陛下が健の顔を見上げてそう言った。


「助けてくれようとした人を残して、逃げるわけにはいかないよ」


そして、健がそう答える。


「村田・・・・・・なんかおれ、すげー夢見ちゃったよ」


「どんな?」


健の問いかけに、陛下は静かに首を振る。


「あ、そう。じゃあ渋谷、ちょっと訊きたいんだけど・・・・・・それ本当に、夢だったのか?」


「え?」


陛下が不思議そうに健を見上げると、健は陛下に手を差し出した。


「だってお前、ズボンのベルト切れてるし・・・・・・いや、こういうことは個人の趣味の問題だからどうこう言いたくないけど・・・・」


そう言いながら健が見つめるのは、陛下の股間。
つられて目をやった僕は恥ずかしくて健の背中に顔を埋めた。


「うひゃ」


陛下の驚きと羞恥の混じった声が聞こえた。






* * * * * * * * * *






「あ、そうだ。渋谷、彼はって言って、僕の高校のクラスメートなんだ。」


警察官と一通りの話を終え、その帰り道、健がふと思いついたようにそう言った。


「へー・・・・はじめまして、俺は渋谷ユー・・・って、彼?男っ!?」


陛下は右手を差し出しかけた状態で、大袈裟なくらいに驚いて僕の顔を見つめてきた。
僕は居たたまれなくなって、慌てて健の背中に隠れた。
陛下にお近づきになるなんて、一庶民の僕には恐れ多いことなのである。
とはいえ、陛下並みに偉い人がすぐそばにいるのだけれど・・・。


「・・・男かー・・・」


陛下は何故かガックリと項垂れている。


「見えないだろ?いつも間違われてるから慣れたもんだよね、?」


不思議に思っていたら、健に話を振られ、僕は慌ててうなずいた。


「う、うん・・・いつも間違われマス・・・」


「そっかー、大変だよな。あ、俺、渋谷有利。ヨロシクな!」


陛下はそう言って、もう一度右手を差し出してきた。


「あ、はい!です。よろしくお願いします。」


その手を握り返して良いものなのか・・・逡巡していると、トン、と健に背中を押され、よろけた拍子に陛下の手を握ってしまった。


「大丈夫か?てか、何で敬語?タメなんだから、もっと砕けて話してくれよ。」


「そうそう。渋谷に対して畏まったってどうしようもないよ?」


健がニヤニヤと笑って言った。


「う・・・ご、ごめんなさい・・・あ、ごめ・・・つい、癖で・・・あの、ゆ、ユーリって呼んで良い?僕のことはって呼んでほしいな。」


内心ヒヤヒヤしながら、健に対して話すときのように言葉を崩す。
まだ正体を明かしてはいけないと健に言われているから、こちらの世界にいるときは、陛下のことを陛下と呼べない。


「おう、じゃあ、改めてヨロシクな、!」


陛下は満面の笑みで僕の名前を呼んだ。



next...


+あとがき+

初対面、です。
陛下、と呼ばないように頑張る主人公。
主人公は今回、眞魔国には行きませんでしたので、眞魔国での話は端折ります。