籠の鳥
日が暮れ始めた、ひと気の少ない住宅街の道を黙々と歩く。
隣を歩いている桃先輩が不機嫌そうに黙り込んでいるから。
原因が原因だから、俺は何も言えなくて、ただ俯きがちに歩くだけ。
「・・・桃先輩。」
「何。」
「・・・・なんでもないッス。」
そんなやり取りを何度も繰り返した。
俺の呼びかけに冷たく返事をする桃先輩が悲しくて、胸が締め付けられるように苦しくなる。
そして、俯くと鼻の奥がツンと痛み、視界がぼんやりと歪んだ。
俺は桃先輩の目の前で不二先輩とキスをしてしまった。
それも軽いものではなくて・・・
不可抗力だったとはいえ、これは桃先輩に対しての裏切りに値するだろう。
『ねぇ、越前。渡したいものがあるから、ちょっとこっち来てくれる?』
それは練習が終わり、着替えをしている最中だった。
部室の中には、俺と桃先輩と不二先輩と手塚部長がいた。
他の先輩や部員達は、さっさと帰ってしまっていた。
俺たちは他愛もない会話をしながら、和気藹々とした雰囲気で着替えをしていた。
ふと思いついたかのように、不二先輩に手招きされたのだ。
『何スか?』
俺は何の疑いもなく不二先輩に近寄った。
俺の動きを何気なく桃先輩が目で追っていて、それに気づいた不二先輩がクスリと笑った。
『君たちは本当に仲が良いね。・・・妬けるな。』
『え?』
不意に不二先輩の目が鋭くなった。
たじろいだ瞬間、強い力で引き寄せられ、口付けられた。
一瞬、何が起こっているのか理解できなくて、思考が停止した。
『越前!!』
『不二!!』
無理やりこじ開けられた唇の隙間から入り込んできた舌の生々しさがキモチワルイ。
桃先輩や手塚部長の切羽詰った声で我に返り、精一杯の力で抵抗した。
『やめないか、不二!!』
だけど結局、手塚部長に引き剥がされるまで俺は不二先輩にされるがままになっていた。
それを見ていた桃先輩は、怒りに任せてロッカーを殴った。
そして、無言で部室を出て行った桃先輩を、俺は慌てて追いかけた。
『桃先輩っ!!』
駐輪場で桃先輩に追いついた。
桃先輩はチラッと俺を見て、無言で自転車を引いて歩き出した。
俺は恐る恐る桃先輩の隣に並んだ。
学校を出てからずっと、桃先輩は俺を見ない。
歩きなれたいつもの道を歩いているはずなのに、何故か、違う場所にいるような気になる。
桃先輩がショックを受けて、怒っているということはわかる。
だけど、何も言ってくれないことに不安を覚える。
(このままじゃ、俺、捨てられる?)
不意に頭を過ぎった嫌な予感。
今まで味わったことのない不安感に、頭の芯がグラグラ揺れる。
気がつけば、足を止めていた。
俺が立ち止まったことに気づかない桃先輩はどんどん離れていく。
追いかけたくても、足が棒のように動かない。
「あ・・・・・」
冷たい汗が背中を流れ、自分の体が震えていることに気づく。
不二先輩にキスされたことよりも、桃先輩がそれに怒っていることよりも、桃先輩に嫌われてしまうことの方が怖い。
離れていってしまう桃先輩の背中。
とても怖くて、とても苦しくて、とても痛い。
「・・・・センパイ・・・桃先輩っ!!」
声の限り叫ぶと、桃先輩が弾かれたように振り返った。
そして、大分開いてしまった距離を慌てて戻ってきた。
「桃センパ・・・っ・・・ごめ・・なさい・・・ごめんなさいっ・・・」
止め処なく溢れる涙。
何度も何度も繰り返す謝罪の言葉。
膝の力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまった。
カシャンと桃先輩が自転車のスタンドを立てる音がした。
俯いた俺の頭を乱暴に撫でる桃先輩。
「・・・俺の方こそゴメンな。」
ポツリと告げられた言葉。
「・・・え?」
驚いて顔を上げると、桃先輩は決まり悪げな表情で俺を見ていた。
「あの時は、頭に血が上ってカッとなっちまったけど、お前は悪くない。俺はお前に対して怒ってたわけじゃねぇよ。」
そう言ってフッと表情を和らげた。
「すぐそばにいたのに、とっさにお前を守ってやれなかった自分に腹を立ててたんだ。」
そう言って俺の頬に触れる桃先輩。
指先で涙を拭い、額に優しくキスをされた。
そして、まぶたに頬に下りてきた桃先輩の唇の感触を目を閉じて味わう。
「すっげぇ悔しかったぜ。俺は越前も守れねぇのか、ってガラにもなく落ち込んじまった。」
息がかかるくらい近くで、桃先輩が自嘲気味にそう言った。
「桃、先輩・・・」
そっと腕を伸ばして、桃先輩の背中に回す。
ぎゅっと桃先輩のカッターシャツを握り締めると、
「・・・こんな思いするくれぇなら、お前を部屋に閉じ込めて、二度と外に出られねぇようにしてやりたいぜ。他のヤツに触らせたくねぇよ。」
そう言って口付けられた。
ゆっくりと深くなっていくキス。
さっきの不二先輩の時とは違って、頭の芯がぼうっとなって、くらくらするほどキモチイイ。
与えられる快感に溺れてしまいそうになる。
(このままずっとそばにいたい・・・離れたくない。)
桃先輩になら、閉じ込められても構わない。
そうされることを望んでいる。
「・・・良いッスよ。俺を閉じ込めてください・・・」
安堵と快感から全身の力が抜け、桃先輩の胸に体を預ける。
犬のように、首輪をつけて、主人に忠誠を誓いたい。
猫のように、主人の膝で、丸くなって眠りたい。
籠の中の鳥のように、狭い空間に閉じ込めて、逃げられないようにしてほしい。
愛されながら、一生を貴方のもとで過ごすから・・・
*おわり*
+あとがき+
ちょっと狂気じみてますね。
勢いで書いちゃえっと思って書いたら、こんな話になりました。
今まで書いたことがない雰囲気に仕上がったと思います。