幸せ日和



「・・・・・何してんスか?」


不意に頭上から声が聞こえて、薄目を開けてみると、ぼんやりとする視界の中に不機嫌そうな越前の顔があった。


「見りゃわかるだろ?昼寝だよ、昼寝。・・・・・・お前も寝ろよ」


そう言って再び目を閉じると、やや間を置いて、隣に寝転がる気配を感じた。
べったりとくっつくわけではなく、そして、離れすぎているわけでもない、微妙な距離。
俺としてはもう少し近づきたいけど、何と言っても越前は猫みたいな奴だから、俺から近づいていくとひらりと身を翻して逃げていってしまうのだ。


「・・・・・・暑い・・・・」


ボソリと不満げな声がする。


「何で、こんな暑い中、こんな所で昼寝なんかしてるんスか?」


越前が言う“こんな所”というのは、俺の家の近くにある河川敷のことだ。


「気持ち良いだろ?丁度良いんだよな。この日差しとか草の感じがよ」


「全っ然!暑すぎッスよ!」


越前は力を込めて思い切り否定する。


「そうかぁ?」


5月に入ったばかりだというのに、この暑さは異常なのだろうが、暑いのが好きな俺としては、まったく気にならない。


「ふーん・・・・・」


越前は素っ気なく相づちを打った。


「そういや、何でお前がここにいるんだ?」


越前の機嫌を損ねないように話を変えようと違う話題を振ってみた。


「家に行ったら出かけたって言われて、適当に歩いてたら自転車があったから・・・」


この話も地雷だったのか、越前はさっきよりも不機嫌そうに言った。


「何だよ、ケータイに電話くれりゃあ迎えに行ったのに」


「・・・・・・・・・何回かけても出ないからッスよ・・・」


声のトーンが一気に下がり、越前の不機嫌さが上がった。


「えぇ?そんなにかかってきてたかぁ?」


越前の“何回かけても出ない”という言葉が引っかかり、携帯を出そうとポケットに手を突っ込んで、はたと気がつく。


「あれ?ケータイが無ぇ・・・・」


体を起こして携帯を探すがどこを探ってもどんなに辺りを見回しても携帯は見つからない。
家を出るときは確かにあったはずなのだが、いつ、どこで落としたのだろうか・・・・・


「ん?」


不意にスッと目の前に突きつけられた越前の手。
その手の中に俺の携帯があった。


「え?何でお前が持ってるんだ?」


受け取りながら問いかけると、


「桃先輩ン家の、自転車とかが置いてあるところに落ちてたから拾ってきた。おばさんも誰も気づいてなかったみたいだから・・・・」


越前が呆れたようにそう言った。


「・・・・悪ィ。サンキュ」


素直に謝ると越前は照れくさそうに顔を逸らし、


「・・・・・フン・・・」


とそっぽを向いた。
もう一度寝転がり、受け取った携帯を開いてみると、越前からの着信が十数件あった。


「・・・・・越前?」


隣に寝転んだ越前が不意にピタッと俺にくっつき、俺の胸に頭を乗せた。


「・・・・・・・・無視されたのかと思った・・・・」


照れ隠しなのか、そのまま俺の胸に顔を埋め、ボソッとそう言った。


「ごめんな、次からは気をつける」


「・・・・・うん」


俺と連絡が取れなくて不安だった、というのを越前が態度で表す。
こんな風に素直な越前なんて、滅多に見られるモノじゃない。
下手すりゃ、幻の珍獣よりも珍しいかもしれない。
そう思ったら、とてつもなく嬉しくなった。


「・・・・・ジュース買いに行こうぜ、越前」


「トーゼン、桃先輩の奢りッスよね?」


そう言って体を起こした越前は、いつもどおりの生意気な後輩に戻っていた。


「はいはい」


体を起こすと、先に立ち上がった越前が手を差し伸べてくれた。
その手に掴まり、立ち上がった。
越前は手を放す素振りがなかったので、俺も何となくそのまま繋ぎっぱなしにした。
手を繋いだまま土手を上がり、自転車の元へ向かった。
そして、向こうからジョギングをしながらやって来る人影に気づき、どちらからともなくスッと手を離した。
離れてしまった手のぬくもりを名残惜しく思いながらも、自転車に鍵を差し込んだ。
鍵を開け、スタンドをはずしてサドルにまたがると、越前が後ろに乗った。


「よし、行くか」


越前の手が肩に乗るのを待って、地面を蹴った。
頬を撫でる風が心地好く、また肩に触れる越前の手を愛しく思いながら、近くのコンビニを目指した。



*おわり*


+あとがき+

甘い・・・・・よな?
突発的に書きたくなった桃リョです。