雨上がりの空と君



今日は朝から雨が降り続いていた。
窓から、どんより曇った空を見上げ、うんざりする。
この様子じゃ、放課後の部活は休みになるだろう。
屋内トレーニングをしようにも他の部活とかち合って無駄な揉め事に発展しかねない。
ならば最初から練習を休みにしてしまえば、少なくともうちの部に影響は無い。


「・・・・・はぁ・・・」


僕はため息をついて、窓から視線をはずし、教室内へ向けた。
今は古文の授業中で、担当教師が教科書を朗読する声しか聞こえない。
この教師の授業は教師自身が教科書を読み、黒板に板書していくだけで進むため、ほとんどのクラスメートたちが、ここぞとばかりに居眠りをしたり、内職をしたりして過ごしている。
真面目に話を聞いている生徒は片手で足りるほどの人数しかいなかった。


「・・・・・・・はぁ・・・」


僕は再びため息をついて、隣の空いている席へと目を向けた。
隣の席は朝からずっと空席だ。
その席の持ち主・・・・亜久津仁は実は僕の恋人だ。
しかも、周りからは“怪物”と恐れられているツワモノだ。
少し前に、青春学園のテニス部員に怪我をさせたと、青学のテニス部に所属する友人から聞いた。
その件は青学側が不問にしたため、何のお咎めも無く済まされた。
他にも探せばいくつもの問題が出てくると思うけれど、それを言ったところで亜久津の態度が改善されるわけではないことくらい、付き合いの短い僕でもわかる。
問題点ばかりを挙げればきりが無いと思うが、ああ見えて、亜久津は結構優しかったりする。
無愛想で、ぶっきらぼうな物言いの陰に見え隠れする優しさ。
他人に興味が無いように見えて、実はしっかりその人の本質を見抜いている。
それに、本当は嬉しいのにわざと素っ気無くあしらったり反発したりする天邪鬼だ。
僕が亜久津の本当の姿に気づくまで時間は掛かったけれど、諦めずに亜久津のそばにいて良かったと思っている。
いつしか、僕は亜久津に恋をしていて、亜久津の存在は僕の中でかけがえの無いものとなっていた。
今、本当なら隣にいるはずの亜久津がいないだけで、日常が色褪せて見える。
いつもならやりたくてしょうがない大好きなテニスも今は全然魅力を感じない。
亜久津が隣にいれば、どんなに退屈な授業でも楽しく思えたし、こんな雨の日でも輝いて見えたのに。
僕の世界は亜久津中心で回っているといっても過言ではないだろう。
だから、今はただ、早く時間が過ぎることばかりを祈っている。


「・・・・・・はぁ・・・・・」


もう三度目になるため息をついたとき、授業終了を告げるチャイムの音が鳴り響いた。






* * * * * * * * * *






放課後になり、案の定テニス部の練習が休みになったため、僕は一人家路についた。
昼間に比べて雨は弱まっており、西の方の空が少し明るくなっていた。


「もうすぐ止むかな・・・」


呟きながら足元に目線を落とす。
水たまりを避けながら歩いているため、どうしても目線は下に向いてしまう。
すると、誰かがいたようで傘が当たってしまった。


「うわ、ごめんなさい!!」


僕は慌てて傘を引き、ぶつかった人に頭を下げた。


「・・・・・・・・・・・下向いて歩くなっていつも言ってんだろーが」


聞き覚えのある声に僕は弾かれたように顔を上げた。


「あ、亜久津!?」


目の前には亜久津が立っていた。
頭一つ分高い位置にある顔は相変わらず無愛想だった。


「・・・・・ふふ・・・」


僕は亜久津の顔を見て気が抜けたのか、思わず笑ってしまった。


「何笑ってやがんだテメェ・・・」


亜久津はそう言って凄みかけたが、何を思ったのかフイと視線をそらした。


「雨、止んでんぞ」


亜久津にそう言われて傘をずらして空を見上げると、雲の隙間から青空が覗いていた。


「ホントだ」


僕は傘を閉じようと傘を下げた。 しかし、傘を閉じる前に亜久津に腕をつかまれ、不思議に思って顔を上げたら唇に何かが触れた。
そして、少しの間の後、傘の陰に隠れてキスをされたのだと気づき、亜久津の顔を見た。
亜久津は相変わらず無愛想を装ってはいるが、よくよく見てみると、うっすらと頬が赤い。


「・・・・今日はタバコ吸わなかったの?」


僕がそう言うと、亜久津は苦虫を噛み潰したような顔をして、


「いつもお前が嫌がるからだろ」


そう言った。


「この際だから、ついでに禁煙しちゃえば良いのに」


「・・・・・気が向いたらな」


「タバコ吸った日はキスしないでね」


「・・・・・・・考えておいてやる」


亜久津は低く唸った後そう言って、もう一度僕にキスをした。
今度は傘の陰に隠れていなくて、僕は慌てて周りを見渡したが、近くに人影が無かったため、肩の力を抜いた。


「もう!!誰かに見られてたら恥ずかしいどころの話じゃないんだよ!!」


「クククッ。ちょっと強気になったかと思えば、結局いつものお前か」


亜久津は人並みに羞恥心も持ち合わせているのに、時々思わぬところで大胆な行動に出るからヒヤッとさせられる。
だけどやっぱり、どんな亜久津でも、好きなことに変わりは無い。
ずっとそばにいられたら、どんなに幸せなことだろう。
おそらくそれは叶わない。
亜久津はきっと、何があっても僕には何も言わないだろうけれど、亜久津が僕に隠していることで、一つだけ知っていることがある。
それは海外留学の話。
公にはしていないが、そういう話があると伴爺から聞いた。
行く気はなさそうだが興味はあるようだとも言っていた。
亜久津が興味を持ったということは、多分、行こうとしているということだ。
もしかしたら、亜久津は僕には何も言わずに海外へ行ってしまうつもりなのかもしれない。
それとも、出発する直前になって話されるのか。
どちらにしろ、離れてしまうことに変わりは無く、僕はいずれ訪れるであろうその日のために、少しでも気丈に振る舞えるように心積もりをしておかなければならない。
覚悟を決めておかなければ、壊れてしまいそうだから。
そのためには、今までの亜久津中心の生活から抜け出さなければならないのだけれど・・・・・頭ではわかっているのに、心が追いつかない。


「・・・・・おい、?」


いつの間にかぼんやりと物思いに耽っていたようで、亜久津に呼ばれて我に返った。


「ごめん、考え事してた」


「・・・脳みそ少ねーのに使ちまったら、溶けて無くなるんじゃねーの?」


「む、失礼だな!!」


「それで?泣きそうな顔して何考えてたんだ?」


「別に。気にしなくて良いよ。大した事じゃないし」


「・・・・そーかよ」


亜久津はそう言いつつも、どこか納得できていなさそうな顔で僕を見下ろした。


「ねえ!優紀ちゃんトコの喫茶店行こうよ」


「はぁ?何でババァんトコ行かなきゃなんねーんだよ」


「今日、亜久津は学校に来ませんでしたーってチクりに行くの」


僕はそう言って走り出した。


「は!?っざけんなテメェ!!待てコラ!!」


亜久津が物凄い形相で僕を追いかけてくる。
亜久津の足の方が早いから、普段ならすぐに追いつかれてしまうはずだが、今回は少し手加減をしてくれているようで、数メートルの差が開いていた。
それも多分、目的地に着く頃には縮まっているだろうけれど、今はまだ、追いかけられていたい。
いつか、僕が彼を追いかけるようになるのだから・・・。



*おわり*


+あとがき+

名前変換、一箇所しかない・・・すみません。