想いのかけら



「おーい、日吉〜!!」


1学期の期末試験を間近に控え、休み時間に試験勉強をする者が増えてきた。
俺も例に漏れず試験勉強のために数学の教科書を広げ、いくつかの公式を解いていた。
そして、廊下の方から大きな声で呼ばれたのだった。


「・・・・どうしたんだ、?」


それは隣のクラスの友人、だった。
俺は開いた教科書類をそのままに、が待つ出入り口のところへ向かう。


「英和貸して?お前んトコ、今日はもう英語終わっただろ?」


は顔の前で拝むように両手を合わせてそう言った。


「また忘れたのか?最近忘れ物が多くないか?」


「ゴメン・・・いつも持って来ようと思ってるのに、朝、家を出るときには何故か忘れてるんだよなぁ・・・。」


は大げさなほどに大きく息をつき、項垂れた。


「まったく・・・今度は忘れるなよ?・・・ちょっと待ってろ。」


俺はそう言い置いて、辞書を取りに自分のロッカーへ向かった。


「あ、くんだ〜。どうしたのぉ?」


クラスの女子のそんな声が聞こえたと思ったら、あっという間に何人もの生徒に囲まれている
は男女問わずにとても人気があるため、そんな光景も見慣れたものだった。
屈託のない笑顔や裏表の無い言動、そしてさりげない優しさが人気の秘密なのだろう。
皆に囲まれて楽しそうに笑うを見ると、こちらも幸せになれるような気がした。
しかし、その反面、誰にも渡したくないという嫉妬心が芽生えてくる。


そう、俺はに恋をしているのだ。


にとって俺はただの友人でしかないということは分かっている。
それでも膨らんだ想いは抑えられず、誰にも気付かれないよう、密かに想い続けてきた。
そして、同時にこの想いは決して伝えないと心に決めたのだった。


「・・・、英和辞典だ。そろそろ予鈴が鳴るぞ。」


「サンキュー!助かるよ。」


英和辞典をに手渡すと同時に、タイミング良く予鈴が鳴った。


「おっと、早く戻らねぇとヤベェ。あ、そうだ!俺、今日、裏庭の掃除当番なんだ。テニス部は今日休みだろ?だとすると、お前が帰るまでに返しに来れねぇから、ロッカーに戻しておくわ。」


自分の教室に向かいかけたが立ち止まり、そう言った。


「ああ。」


俺が頷くと、は満足そうに笑って教室に駆け込んでいった。
その直後に本鈴が鳴り、俺は急いで自分の席に戻った。






* * * * * * * * * *






翌朝、いつも朝練を覗きに来るの姿が無かった。
何かあったのだろうかと不安を抱きつつもいつもどおり朝練のメニューをこなしていった。
朝練後、教室へ向かうと、のクラスが何故かいつも以上に騒然としていた。
しかし、いつもならその中心にいるはずのの姿は見当たらなかった。
不思議に思いながらも自分の教室に入り、1限目の英語の為にロッカーから英和辞典を取り出して自分の席に着く。



「「「日吉(くん)っ!!!」」」


間もなく朝のHRが始まるというのに、隣のクラスの女子が数人、俺のところへ駆け込んできた。


くんが今日転校しちゃうって知ってた!?」


息せき切って叫ぶようにその中の一人が言った。
その言葉によって騒ぎは教室中に広まり、あっという間に俺はクラスメートたちに囲まれた。
だが、そんな話は俺も初耳だ。


「・・・・いや、知らない。」


「本当に?何も聞いてないの?」


もう一人の女子が泣きそうな声でそう訊いてくる。


「・・・あぁ。というか、同じクラスのお前らが知らなかったのに、クラスの違う俺が知ってるわけないだろ。」


頭の中が混乱して、いつも以上に冷ややかな言い草になってしまった。
この場にがいたら、きっと、『もっと優しい言い方をしろ!!』と怒鳴られただろう。
ぼんやりとそんなことを考えてしまった。


「・・・・そう、よね・・・ごめんね。私たちも、さっき聞いたばかりで全然頭がついていかなくて・・・。日直の子がさっき職員室に行ったら先生たちが話していたんだって。何か、くんのお父さんが急に海外転勤が決まっちゃったとかで、今朝方、日本を発ったって・・・」


そう言ったきり、その女子は言葉を詰まらせて俯いてしまった。
そんな時、担任教師が教室に入ってきて、その女子たちは自分のクラスへ戻っていき、他の皆も渋々自分の席へと戻っていった。
HRでは、担任教師がの転校のことで質問攻めに遭い、ようやく事の全貌が見えてきた。
先月の半ばにの父親の海外転勤が決まり、家族揃ってその転勤についていくことが決まったそうだ。そして、教師陣は皆、の転校のことを知っていたが、自身の強い要望で俺たちには話さなかったらしい。
HRが終わり、1限目の英語の授業が始まると、教室内は静まったが、其処彼処でコソコソと話をしているのが聞こえてくる。
しかし、どんなに噂をしようとも、どんなに問いただしたいと思っても、はもう日本にはいないのだ。
俺は自分の想いを告げなくて良かったと思う反面、告げなかったことを後悔している。
に好きだと言っていれば、何かが変わっていたのかもしれない。
だけど、好きだと言わなかったからこそ、今、こうして冷静に考えていられるのかもしれない。
そう思いながら、何とはなしに辞書を開いた。
パラパラとゆっくりページを捲っていき、ふと違和感を覚える。


「・・・・何だ?」


俺はそのページをじっと目を凝らして見てみた。
ページの右下隅に、とても小さな文字で控えめに一言、






好きだ。






と書かれてあった。
昨日の授業で見たときには書かれてなかった文字。
となるとやはり、これはが書いたものだ。
イニシャルも“”・・・・“”になる。
これが俺の願望を描いた夢や幻でなければ、間違いなくからの告白だ。


「・・・・・・・・・・」


授業が終わったら職員室へ行って、の連絡先を聞いてこよう、そう思った。
そして、今度こそ、俺の想いを告げよう・・・そう決心した。



*おわり*


+あとがき+

何か矛盾点があるような気がしてるんですが・・・わかりません(汗)