Happy Birthday

 -Hiyoshi Wakashi 2011-




「寒っ」


冷え切った空気の中、身を縮こまらせながら学校へと向かう。
今日から二学期の期末試験が始まるため、昨夜遅くまで試験勉強をしていた。


「寒すぎだっての。冬のバカヤロー」


気候に文句を言ったって意味が無いとわかってはいるものの、悪態をつかずにはいられない。


、おはよう」


学校近くにある公園の前に、日吉が立っていた。
特に待ち合わせをしていたわけではないが、日吉はいつも朝練が無い日はこうして公園の前で俺を待っている。


「……ああ」


立ち止まり、何気なく日吉を見ると、どこか違和感があった。


「……お前、何かいつもと違う」


「え?……ああ、これだろう。マフラー」


そう言われて、よく見てみると、先週まで使っていたマフラーと柄が違う。


「母が誕生日だからと言って新しい物をくれたんだ」


「……誕生日?」


誰の、と言いかけて口を閉ざす。
そんなこと問うまでもなく、日吉自身の誕生日だとわかった。
すっかり忘れていた。
仮にも恋人という関係のくせに誕生日も覚えていないなんて薄情だと言われても文句は言えない。


?ボーっとしてると遅刻するぞ」


日吉は特に気にした様子もなく、普通にそう言った。


「あ、ああ……」


おめでとう、くらい言ってやれば良かったのだが、何となく恥ずかしくて口に出せなかった。




「オッス、日吉。それと、誕生日おめでと」


「ありがとうございます、向日さん」


日吉に急かされるまま学校に向かうと、昇降口で会ったテニス部の先輩らしき人が日吉に声をかけてきた。
そして、先輩はどこでも売っているようなチョコレート菓子を日吉に手渡し、何やら楽しげに話し始め、俺は疎外感を感じた。


「そういや、からは何か貰ったのか?」


しばらくぼんやりと眺めていると、不意に俺の名前が出て、ハッとする。


「あ、いえ……」


日吉がチラッと俺の顔を見た後、静かに否定した。


「えぇ〜!?マジかよ!!お前ら付き合ってんだろ?」


先輩の甲高い声が癇に障る。


「恋人の誕生日くらい祝ってやれよなぁ」


「アンタにゴチャゴチャ言われる筋合いはねぇよ!!」


カッとなって下駄箱を殴り、そう言うと、先輩は頬を引きつらせて黙り込んだ。
近くにいた生徒たちが一斉にこちらを振り向き、辺りには嫌な沈黙が流れる。


――――キーンコーンカーンコーン……


その沈黙を予鈴が打ち破り、周りにいた生徒たちはそそくさと教室へと向かって行った。


「……それじゃ、向日さん。俺たちはこれで」


何事もなかったかのように日吉が言い、俺の腕を引いた。


「あ、ああ……」


先輩は苦虫をかみつぶしたような顔をしながらも頷き、廊下を俺たちとは反対方向へと歩いていった。


「怪我、していないか?」


日吉はそっと俺の手を取った。
指の付け根あたりが赤くなっていたが、不思議と痛みは感じない。


「血は出ていないみたいだな。もし腫れてくるようだったら、後で保健室に行こう」


日吉はそう言って、俺の手を離した。


「……日吉」


「ん?」


さっきはごめん、とか、誕生日おめでとう、とか、言いたいことはたくさんあるが、うまく言葉にならない。


「…………何でもねぇ……」


「そうか?早く教室入らないと先生が来てしまうぞ」


日吉に促され、教室に入る。
クラスメートたちが日吉に、誕生日おめでとう、と気軽に言っている姿を見て羨ましいと思った。
何で俺は素直になれないのだろう、そう考えてしまう。





日吉に呼ばれて、そちらを見ると、日吉が嬉しそうな顔をして俺を見ていた。
やっぱりこうしてみんなに祝ってもらえることが嬉しいのか。


「ちゃんとわかってるから、気にしなくて良い」


言われたことの意味がわからず、日吉の顔を見返した。
日吉は無言で頷くだけで、それ以上のことを言わなかった。
だけど、それだけで、何のことを言っているのかがわかってしまった。
俺が本当は日吉の誕生日を祝いたいと思っていることや、さっきの先輩への態度を悪いと思っていることを、日吉はしっかり見抜いていて、理解してくれている。
それに気づいたら、もう日吉の顔を見れなかった。
俺は何も言わず自分の席に着いた。
日吉も何も言わずに、自分の席へと向かった。


「おはよう」


その直後、担任教諭が入ってきて、朝のホームルームが始まった。
連絡事項や試験の注意事項などを話している担任を横目に俺はそっと携帯を出し、担任に気付かれないよう、慎重にメールを打つ。
最後の一文字まで打ち終わり、日吉に目を向けてから送信ボタンを押した。
数秒後、日吉が一瞬ビクリと肩を揺らす。
どうやらメール受信を告げるバイブに驚いたようだ。
幸い、担任も周りのクラスメートもそれには気づいておらず、日吉は小さく息をつき、こっそりポケットの携帯を取り出した。
ボタンの操作をして画面を見た後、ハッとしたように俺を振り返った。
そして、その顔が笑顔へと変わる。





Date 12/05 08:43
To  日吉若
Sub  (non title)
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誕生日おめでとう。
帰りに何かおごってやる。





*おわり*


+あとがき+

以前書いた、『ある日曜日の出来事』・『Pure』の主人公のつもりでしたが…
性格が別人…?