君の幸せを祈る
「あー疲れた・・・・」
一日の業務を終え、は机に突っ伏した。
「榊先生〜、俺ってもう帰れるんですよね?」
そして、壁の時計を見上げ、私の方を振り向く。
その顔は疲労の色を浮かべており、早く帰らせろと目で訴えかけていた。
「あぁ、お疲れ様。次は来週の月曜日だな。」
「はーい。では、お先に失礼します。」
は私の言葉を聞き終えるか否や、鞄を持って立ち上がり、音楽準備室から出て行った。
「・・・・・今日はテニス部を見に行く日だったな。」
早めに切り上げて帰ろう。そう思いつつ、テニスコートへ向かった。
* * * * * * * * * *
自宅のマンションのドアを開くと、美味そうな匂いが漂ってきた。
「おかえり。」
そう言って出迎えてくれたのは、。
私の恋人だ。
彼は氷帝学園中等部の非常勤講師で、音楽アシスタントを務めていて、仕事上のパートナーでもある。
「なぁ、たろーさん。今日、一段とハードだった気がするんだけど・・・・」
ブツブツと文句を言いながら、私のスーツをハンガーに掛けていく。
「そうだったか?」
「うん。俺、もうクタクタだよ。飯の用意するのも辛かったんだからな。眠いしさ。ふぁ〜・・・・」
言っているそばから欠伸をする。
「そうか。それはすまなかったな。今夜はゆっくり休みなさい。」
「ん。そうする。」
私がの頭を撫でると、は嬉しそうに笑った。
そして、私が着替えるために部屋の中を歩き回ると、はヒョコヒョコとぎこちない足取りで私の後をついてきた。
まるで小さな子どもが母親の後をついて歩くかのように。
「足は痛くないのか?」
「まだ平気だよ。」
は中学の頃、交通事故に遭い、足を負傷した。
その時の怪我の後遺症のせいでうまく歩けなくなってしまったのだ。
本人はまったくと言って良いほど気にしていないようだが、時折見せる表情がひどく悲しげで、辛そうだった。
「早く飯食おうよ。」
「そうだな。」
私は手早く着替えを済ませ、と共にダイニングへ向かった。
* * * * * * * * * *
夕飯を済ませ、片づけをしてからと共に入浴した。
そして、私は残っている仕事を片づけるために書斎へ行き、は寝室へと入っていった。
仕事が終わり、時計を見ると0時を回ったところだった。
私は書斎の明かりを消して、寝室へ向かう。
「・・・・・っ・・・・くっ・・・」
寝室のドアを開けると、眠っているがうなされていた。
「、どうした?」
私はベッドに近寄り、彼の体を揺さぶった。
「やっ・・・!!」
は目覚める様子がなく、苦しそうに顔をゆがめた。
「!」
私が一際大きな声で彼の名を呼ぶと、ようやくは目を覚ました。
「は・・・・あ、れ・・・・たろーさん?」
「大丈夫か?うなされていたぞ。」
私は手のひらで彼の額の汗を拭った。
「あー・・・・・・夢、見てた。あの時の・・・」
あの時、というのは恐らく、事故に遭った後のことだろう。
は中学2年生の夏に事故に遭い、その年の冬に退院した。
学校に通いながら、リハビリのための通院をしていたが、その帰り道、は見知らぬ男たちに襲われ、強姦された。
走れないために逃げることが叶わず、そのままされるがままになってしまい、
偶然通りかかった近所の住民が警察に通報した時には既に事は終わっており、はボロボロの状態だった。
当時も今も、は気にしていない素振りだったが、心に付いた傷はそう簡単に消えるものではなく、こうして度々夢に見てはうなされている。
「そうか・・・・」
の体が小刻みに震えているのに気づかないふりをした。
「・・・・・たろーさんは、明日テニス部?」
の隣に入ると、は私にすがりついてきた。
私はの頭の下に腕を入れ、の体を引き寄せ抱きしめた。
そして、の頭が胸に乗るように体勢を変えると、は落ち着いたのか小さく笑った。
「あぁ、練習試合なんだ。」
明日は土曜日で、授業自体は無いが、部活動はある。
「そっか・・・・じゃあ、朝早いんだねぇ・・・」
うつらうつらとしながらもごもごと話すが可愛らしくて、頭を撫でると、はすぅすぅと寝息を立てて眠った。
「おやすみ、。良い夢を・・・」
もう一度頭を撫でると嬉しそうに笑った。
――――そして、いつか・・・彼が幸せな夢を見られる日を夢見て眠りについた。
*おわり*
+あとがき+
初の榊夢。榊の性格とか口調がわからなくて試行錯誤しました。
BLと言える年ではありませんが・・・