sunny day
+side H+
従兄弟のリョーマとその恋人である桃城先輩と三人であの人と待ち合わせの駅へと向かった。
駅前ロータリーからバスに乗る予定のため、待ち合わせも駅前ロータリーにしたのだが、約束の時間を過ぎてもあの人は姿を見せなかった。
こんなことはよくある話で、俺はいつも本を読んで時間を潰している。
一緒に来たリョーマや桃城先輩も何度かあの人との待ち合わせを経験しているため、あらかじめテニス雑誌を用意してきていた。
二人がああでもないこうでもないと話している声を聞きながら本を読み進めるが、時間が気になってなかなか内容が頭に入らない。
本を読むふりをして何度も腕時計に目を向ける。
約束の時間から三十分が経過していた。
いつもならそろそろ来る頃だと思い顔を上げる。
人混みの向こうに見慣れたオレンジ色の頭を見つけた。
俺の恋人、千石清純。
(来た)
じっと見ていると、チラッと顔が見える。
たったそれだけのことなのに、気持ちが浮き立つ。
早くここまで来ないかな、そう思う。
それなのに、彼はこちらを見もせずに立ち止まり、近くにいた女の人に声をかけた。
(………………)
俺は本を閉じ、無言のまま立ち上がった。
「?」
リョーマに呼ばれたが無視して駅に向かった。
「ちょっと、!!」
背後でリョーマや桃城先輩が慌てているのがわかるが振り向かない。
悲しかった。
あの人はいつもそうだ。
俺が会いたいと言えば、すぐ行くよと言うくせに、実際に会いに来るのは一時間も二時間も後になる。
待ち合わせの時間は守らないし、俺が一緒にいるのに他の女に声をかけてしまうし……。
俺と初めて会ったときもあの人はナンパをしていた。
その後、俺をリョーマと勘違いして俺にはわからない話をし始めた。
黙って聞いていると、彼はすぐ勘違いに気づいて謝ってくれて、俺もよくある話だと言って許した。
――――それで終わるはずだった。
彼とはその後もいろんなところで遭遇することがあった。
見かける度に彼はナンパの最中で、大抵いつも断られ、しょんぼり肩を落としたかと思うと、すぐに次の女を見つけて声をかけて……と繰り返していた。
そういう場面ばかり見ている上に、正直苦手なタイプだったが、いつしか俺は出かける度にオレンジ色の頭を探すようになってしまった。
彼のことが好きなのだと気付くのに時間はかからなくて、すんなりと受け入れることができた。
同性であるということは大した問題ではなかった。
従兄弟のリョーマが同性の桃城先輩と付き合っていることを知っていたから。
そして、この想いが通じないことも知っていた。
あの人は女の人を好きな人だから、男である俺に興味を持つはずがない。
そう思っていたのに。
彼は俺の想いを受け入れてくれた。
特に俺からアクションを仕掛けたわけではないが、いつどこで気づいたのか、彼は俺の気持ちを知っていて、ある日突然、冷やかすでもからかうでもなく普通に、“俺のこと好きでしょ?”と聞いてきた。
否定することも忘れて呆然としていると、彼はもう答えはわかっていると言うように優しく笑った。
そして……
『俺も好きだよ』
そう言って、俺を抱きしめた。
あれから数か月が経ち、週に一・二回の頻度で会うようになった。
休みの日には出かけることもあるけれど、待ち合わせをする度に俺はいつも疑問が浮かぶ。
あの人は本当に俺のことを好きなのだろうか?
俺は本当にあの人の恋人なのだろうか?
待ち合わせ場所目前なのにナンパし始めるあの人の姿を見て、いつも俺はみじめな思いでいっぱいだった。
最近はリョーマや桃城先輩と一緒に彼を待っているから、余計にそう思うのかもしれない。
隣で仲睦まじく会話をする二人がとてもうらやましい。
桃城先輩は他の人に目移りするような人ではないから、リョーマは幸せだろう。
以前、桃城先輩に他に好きな人がいるなどとリョーマが言い出したとき、本人に直接聞けばいいと俺は言ったけど、俺は一度も聞いたことがない。
聞けなかった。
他に好きない人がいるのかと聞いて、それを肯定されてしまったらと思うと怖くて、目の前の問題から目をそらし続けてきた。
考えれば考えるほど泣きたくなって、無心になろうと努力する。
「!!」
不意に背後から呼ばれ、振り返るとそこには千石さんがいた。
両ひざに手をつき、深く頭を下げている。
「ごめん!!ごめんなさい!!」
何度も頭を下げながら大声で謝られ、周りの人たちがこちらを振り返る。
居たたまれなくなって、ぐいっと千石さんの頭を上げさせた。
「……もうナンパしないって約束するなら許す」
「しない!!絶対しない。約束する」
「……じゃあいい。バスが来るから行こう」
きっぱりと言い切る姿に、信用しそうになるが、多分すぐ忘れられてしまうだろう。
それでも、この場から離れたくて納得したふりをした。
「うん、ありがとう」
嬉しそうにニコニコと笑う千石さんの顔。
胸の中のもやもやが薄れていくのを感じた。
どちらからともなく手をつなぎ、リョーマたちのところへ戻る。
「お待たせ〜」
「千石さんも懲りないッスね〜」
悪びれない様子の千石さんに、桃城先輩が苦笑する。
「ははは。メンゴ、メンゴ。もうすぐバス来るんだろ?並ばないと」
千石さんは笑ってごまかし、バス待ちの列に向かった。
「ちょっと!!待ってくださいよ!!」
俺たちの後を桃城先輩とリョーマが追いかけてくる。
そして、俺たち四人が列についたところでバスが到着した。
「ギリギリセーフだったね、」
「千石さんが遅刻するからだっての」
「あー、それもそうか。あはははは」
バスに乗り、千石さんが楽しそうに笑う。
それを見て、俺も楽しくなった。
*終わり*
+あとがき+
千石さん良いとこなしなのに主人公は何で好きになったんだ…(笑)
ちなみにサブタイトル(?)のHはHERO(主人公)のHです。