真夏の夜の夢
+1+
中学最後の夏休み。
八月の初めのある日の夜、僕はテニス部のみんなと夏祭りへ来ていた。
夕方、急に跡部の家の車が僕の家に来て、わけがわからないうちに跡部邸へ連れていかれ、気がつけば浴衣姿になっていた。
その後、他のみんなと合流し、岳人から夏祭りへ行くのだと知らされた。
全国大会前の息抜きらしかった。
「・・・・前もって言ってくれれば良かったのに・・・」
誰に言うでもなく一人ごちる。
みんなと夏祭りに行くのも浴衣を着るのも別に問題はない。
ただ、一つだけ前もって知っておきたかったことがあった。
それは、僕たちより数メートル後ろを歩いている忍足侑士の存在。
「はぁ・・・・」
後ろに忍足がいるというだけで口から心臓が飛び出そうだ。
何故なら、僕は中等部に入学したときから忍足に恋をしているから。
それは決して叶うはずのない恋。
男同士であるという以前に、僕は彼から嫌われている。
理由は何一つわからないけれど、出会ったときから忍足は僕にだけ素っ気ない。
そのため、この二年半もの間、僕たちはまともに言葉を交わしたことがない。
最初の頃は僕だって、彼の気を引きたくて色々話しかけていたけれど、忍足は一度も僕の顔を見ることなく、短い相槌を打つだけだった。
ずっとそんな態度を取られ続けていると、必死で話しかけても虚しいだけだと気づき、いつしか話しかけなくなってしまった。それ以来、ただ遠目に見ているだけとなったのだ。
「、何ボケッとしてんだよ!!早く来いよ!!」
考え事をしていたら、みんなより少し遅れてしまっていた。
少し離れたところから岳人が叫んでいる。
「ごめん!!」
謝りながらふと後ろを見ると、少し後ろに忍足が歩いていた。
てっきり岳人たちのように先に行っているものだと思っていたから、かなり驚いた。
「・・・・うわっ!!」
余所見をしていたせいで、僕は足元にある段差に気づかず、つまずいて転んでしまった。
「!?」
すれ違う人たちがクスクス笑いながら通り過ぎていく中、岳人たちが慌てて戻ってくる。
「・・・・大丈夫か、?」
後ろから聞こえた声に、体が硬直する。
ふと顔を上げれば、やっぱり思ったとおり忍足がいて、右手を差し伸べてくれていた。
「あ・・・・あり、がと・・・」
僕はためらいながらその手を取った。
初めて握った忍足の手にドキドキしながらも、立ち上がろうと足に力を入れた。
「いたっ・・・」
が、その瞬間、足首に痛みが走り、立ち上がれなかった。
どうやら転んだときに捻挫をしていたらしい。
「!!大丈夫か?」
岳人たちが戻ってきて、僕の前に屈みこんだ。
すると、忍足がさりげなく僕の手を離した。
せっかく繋げたのに、と少し名残惜しく思う。
「?どうした?」
俯いたまま何も言わない僕を、岳人が心配そうに見ている。
「・・・・ごめん、捻ったみたいで立てなくて・・・」
「マジかー・・・・樺地に負ぶってもらうか?」
「え!?ううん、それは樺地に悪いから良いよ。支えてもらえれば立てると思うんだ」
岳人の提案を僕は慌てて断った。
岳人の声が聞こえたのだろう、樺地が心配そうに僕のそばへ寄ってくる。
「樺地もありがとう。僕は大丈夫だから」
「・・・・・・・ウス」
樺地は納得がいかない様子だったが静かに頷いた。
「先輩!!氷もらってきたんで、とりあえずどこかに座って冷やしましょう」
長太郎が人波をかき分けて走ってきた。
カキ氷屋かどこかで氷をもらってきたらしく、右手には氷が入ったビニール袋が握られていた。
「お、長太郎気が利くな」
宍戸が感心したように言うと、長太郎は照れくさそうに、だけどとても嬉しそうに笑った。
この二人は見ていて羨ましいくらいにお互いの心が通じ合っていると思う。
やっぱり、辛いことを一緒に乗り越えてきたからこその絆があるのかもしれない。
今、目の前にいる岳人は、ダブルスのパートナーとして忍足と苦労を共にしてきた。
宍戸と長太郎のようにテニス以外での絆は芽生えなかったものの、お互いを信頼し合っているのはとてもよくわかる。
――――僕には無い、忍足との絆。
正直言うと、岳人を恨んだこともある。
だけど、その裏で羨ましいと思う気持ちもあった。
岳人のことは大好きだけれど、忍足に関してだけは嫌い。
僕もテニス部に入っていたら、何かが変わっていたのだろうか?
幾度となく頭に浮かんだ疑問。
それに答えてくれる人は誰もいない。
「立てるか?」
岳人はそう言って僕の腕を自分の肩に回した。
反対側から樺地が支えてくれて、僕は何とか立ち上がることが出来た。
「長太郎、座れそうなとこあるか?」
「えーっと・・・・あっちにベンチがありますけど、既に人が座っていますね」
長太郎が示した先・・・・人波から外れたところにベンチがあって、そこでは大学生くらいのカップルが座って焼きそばなどを食べていた。
「しょうがねぇ・・・・長太郎、行くぞ」
「あ、はい!」
宍戸が長太郎を連れてベンチの方へと向かっていった。
しばらくすると、そのカップルはベンチから立ち上がって、離れていった。
そして、僕は岳人と樺地に支えられながらベンチに向かった。
→next