真夏の夜の夢




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「せっかく警察呼びに行ってやったのに、何やのその態度?礼の一つも言わんかい」


綺麗な顔をして辛辣な言葉を吐くのは黒い浴衣を着ている方の女の人だった。


「はいはい、どーもありがとさんでした。お陰で助かりました・・・・・・・これでえぇんやろ?」


普段の忍足からは想像も出来ないくらい軽いノリに僕は驚いた。
どんなに岳人たちの前で楽しそうに笑ったり、今みたいに嫌味っぽく話したりしていても、絶対に僕の前ではそんな態度は取らなかった。


「うっわ、可愛くない。そんなんじゃ、くんに嫌われるで」


女の人の口から僕の名前が出て、僕は思わず女の人を凝視してしまった。


「・・・・・・え・・・」


「あ、誤解せんといてな。私、侑士の姉やねん。君がくんやろ?」


女の人はそう言ってニッコリ笑った。


「お・・・ねえ、さん・・・・?」


「そう。くんのことはな、侑士からよう聞いとったんよ」


「ちょ、姉貴、何言い出すねん!!」


忍足が慌ててお姉さんの肩を掴む。


「えぇから、アンタは黙っとき。いつまでもウジウジ悩んどらんとハッキリしたらえぇんや」


お姉さんは忍足の手を振り払って、僕の前に立った。


くんの気持ちはどうかわからんけどな、侑士は氷帝に入学したときからずーっと、君の話ばっかしとったんや」


「・・・・忍足が・・・・僕の話を・・・?」


「そうや。何たって、入学式の日、帰ってきてからの第一声が、“俺のモロ好みのタイプがおった!!”やったんやで」


「嘘・・・・そんな素振り、全然無かった」


僕は中等部の入学式の日のことを思い出した。
あの日、僕が忍足の姿を初めて見たのは、テニスコートだった。
跡部が先輩たちを次々と倒し、宍戸と岳人がダブルスで跡部に挑んでボロ負けして・・・・・忍足が現れたのだ。
忍足は跡部と互角に戦っていた。
その懸命な姿に僕は惹かれたのだ。
試合の後、岳人たちが忍足に寄っていくのに紛れて僕もテニスコートに降りた。
本当は部外者だから中に入れないのだけれど、あの日はいろんな人がテニスコートにいて、紛れ込むのは容易だったのだ。
一瞬、忍足と目が合ったけれど、すぐにそらされてしまったのを覚えている。
だから僕は、忍足には嫌われているのだと思っていた。
それでも諦めずに話しかけていたくらい、僕は忍足のことが好きだった。


「そらそうやろなぁ。侑士は究極のエェカッコしいやから。あの日以来、毎日のようにが好きやーとかはカワエェなーとか言うとったんやで。想像つかんやろ?」


お姉さんは呆れたようにそう言って、忍足の方を見た。
忍足は顔を真っ赤にして、うろたえている。
忍足のそんな姿を見るのは初めてだったから、ただただビックリするばかりだ。
しかし、そのお陰で体の震えが止まった。


「あーもう、やめてぇや。せっかくクールなキャラで通しとったのに・・・・・」


「アンタがクールぶっとるとキモイんや」


「・・・・はぁ・・・もうえぇ。どっか行ってくれ」


忍足は大きくため息をつくと、犬や猫を追い払うときのように手を振った。


「はいはい。ほな、私らは花火見に行くわ。くん、またな」


お姉さんはもう一人の女の人と連れ立って去っていった。


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


お姉さんたちの姿が見えなくなると、忍足は脱力したようにその場に屈みこんだ。


「・・・・・・・はぁ・・・・ホンマ調子狂うわあの人おると・・・・ごめんなぁ、。騒々しい奴で」


「・・・・ううん、面白かったよ。・・・・・・助けてくれてありがとう。お姉さんにお礼言いそびれちゃったな・・・」


「あ、えぇよ。気にせんとき」


「でも、お姉さんが警察を呼んできてくれたんでしょう?」


「まぁ、そうやけど・・・・それより、俺はさっきの話の感想を聞かせてほしいんやけど・・・」


「え?」


「・・・・・・俺がのことを好きやっちゅう話」


「あ・・・・・・・その・・・・・・」


まさか両想いだったなんて思いもしなかったから、何も考えていなかった。


「えっと・・・・・あの・・・・・・・・僕も、忍足が好きだよ・・・・・」


恥ずかしくて顔が見られなくて、俯きながら告げた声は祭りの喧騒にかき消されてしまうくらい小さかった。


「・・・・・・・・・・ホンマ?・・・・俺と、付き合ってくれるか?」


だけど、忍足には聞こえたようで、忍足がさらにそう言った。
僕は小さく頷くことで肯定する。


「良かった・・・・・あーもう、緊張したわ〜」


忍足が立ち上がって僕のそばへやって来る。


「ありがとうな」


忍足はそう言って僕の肩に手を置いた。


「・・・・・・このラムネはもう飲めへんやろなぁ・・・違うの買いに行こか。今度は一緒に」


忍足がそう言うのと同時に花火の音が聞こえた。


「花火も始まってもうたし、そろそろあっちに向かわんと、岳人がキレるやろな」


岳人の名前を聞いて、心臓が跳ねる。
色々ありすぎて忘れていたけれど、岳人のことをどうするか考えていなかった。
岳人が僕のことを好きだというのは大分前から気づいていて、今までずっと知らないフリをしていた。
このままじゃいけないと思いながら、岳人が何も言わないからと有耶無耶にしてしまっていた。
忍足と付き合うことになったと告げたら、きっと岳人は傷つくと思う。
どうしよう・・・・どうすれば良いのだろう・・・・。


「どないしたん?」


「う、ううん・・・・・何でもない。すぐ行くって約束したから、早く行こう」


「・・・・?そうやな」


忍足は不思議そうに僕を見たが、すぐにニッコリと笑ってくれた。
初めて僕に向けてくれた笑顔にドキドキが治まらない。


「立てるか?」


忍足に支えられて僕は立ち上がった。



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