こっちを向いて



先輩」


「ん?あぁ、リョーマか」


先輩と話すようになって一週間。
練習の合間に図書館に通うのが日課になった。
先輩はいつも必ず窓際の席にいるため、探す手間がかからない。


「何を読んでるんスか?」


先輩が開いている本を覗き込んでみると、割と古い物のようだった。


「夏目漱石」


「ふーん……」


国語の授業で聞いたことがあるような気がするが、どういう話を書いた人なのか全く知らない。


「面白いッスか?」


「うん」


先輩は顔を上げずにうなずいた。
向かいの席に座り、しばらく先輩の様子を眺めていたが、一向に顔を上げる気配がなくつまらない。


「ねぇ、先輩?」


「んー?」


呼びかけても顔は上がらない。


「……俺、先輩のこと好きになったみたいなんスけど」


「ふーん……」


本に集中しているようで、大した反応がなくて面白くない。


「聞いてるんスか?」


「うん」


今度も返事が返ってくるが、視線は本に向けられたまま。


「……キスしても良いッスか?」


「うん……え?」


うなずきつつもハッとした様子で顔を上げる。
その瞬間、軽く唇を触れ合わせると、先輩が持っていた本がパタリと落ちた。
見る見るうちに先輩の頬が赤く染まっていく。


「……俺を見ない先輩が悪いんスよ」


「…………」


先輩は言葉を失った様子で俺の顔をじっと見つめている。


「じゃあ、俺そろそろ練習に戻るんで。また明日」


時計を見上げ、休憩時間が終わる時間であることを確認し、席を立つ。
図書館を出て、テニスコートに向かう間、先輩の赤くなった顔を何度も思い返した。
先輩の目が自分に向けられたあの瞬間、俺の心は満たされた。
だけど、もっとたくさん俺を見てほしい。
明日はどんな手を使おうか。
とても楽しみだった。




*おわり*



+あとがき+


8周年記念夢の続編になります。
しばらく続くかもしれません。