記憶のカケラ
+1+
中学生活最後の夏休み、俺たちテニス部レギュラーは跡部の別荘に旅行に来ていた。
別荘に着くなり、みんなは思い思いに過ごしている。
別荘の敷地内のテニスコートに行く人、自分の部屋で寛ぐ人・・・。
俺は荷物を整理してから、そのあたりを散歩しようと思っていた。
この別荘が建っている山全体が跡部家の所有地だと聞いたから、あちこちを探索したいと思ったのだ。
ちなみに、この別荘が建っている位置は山の中腹辺りで、トレーニングだとか言い出した跡部によって、全員麓からここまで徒歩で登らされた。疲れてはいるけれど、やっぱり好奇心には勝てない。
夜になったらゆっくり休むことにして、俺はすぐに外へ出る支度をした。
「あれっ!?」
与えられた部屋からテラスへ移動すると、そこにはほとんど誰もいなかった。
「ど〜したの、向日?」
テラスの隅で昼寝をしていたジローがむくっと体を起こした。
「・・・・侑士どこ行ったか知らねぇ?」
「さっき、あっち行ったよ。」
ジローに示された先は頂上の方に登っていく道の方だった。
「ふーん。サンキュ。」
一緒に行こうと約束していたのに、侑士は先に行ってしまったらしい。
街中より少し肌寒い空気の中、俺は山道を登ることにした。
「・・・・何で先に行っちまうんだよ?クソクソ侑士め・・・後で覚えてろよ。」
ブツブツと侑士に対する文句を呟きながら、ゆっくりと、だけど足早に山を登った。
どんどん歩いていくと、少し開けた場所に出た。
そこに、見慣れた後姿を見つけ、駆け足になった。
「侑士!」
走りながら呼ぶと、ゆっくりと振り返った。
「あぁ、岳人か。」
「何で先に行くんだよ?一緒に行こうって言っただろ?」
「すまんかったな。ちょお、気になってな・・・」
「はぁ?気になるって、何が?」
「聞き慣れん音が聞こえてん。・・・ほら、今も。」
口元に人差し指をあて、耳を澄ます侑士。
不思議に思いながらも、俺も耳を澄ましてよく聴いてみた。
だけど、虫の鳴き声や鳥のさえずり以外、何も聴こえてこなかった。
「・・・・何も聴こえないぜ?」
「そんなことあれへん。ほら・・・なんや、呼んでるみたいやな・・・」
目を閉じて、さらに聴き入ろうとする侑士が、どこかへ消えてしまいそうで、怖くなった。
「ゆ、侑士!!」
思いのほか、大きな声が出てしまい、自分でもビックリする。
「何やの岳人?静かにしいや。」
眉を顰め、窘めるように言う侑士。
「散歩はやめて、テニスやろうぜ!宍戸と長太郎が試合やってたみたいだしさっ!!」
俺はそんな侑士に構わず、侑士の腕をぐいぐい引っ張って、来た道を戻った。
「そんな慌てたら転ぶで岳人。」
転んでも構わないから、早くあの場所から侑士を遠ざけたくて、無我夢中で走った。
テニスコートに着き、宍戸たちとダブルスで試合をし、日が暮れるまでずっとテニスをやった。
その間、侑士に変わった様子はなく、テニスに集中していた。
* * * * * * * * * *
あれから、みんなで夕飯を食べて、風呂に入って、トランプをやったり、DVDを観たりして過ごした。
チラホラと自分の部屋に戻っていき、残ったのは、跡部と侑士と俺だけだった。
「・・・・・・岳人、眠いんやったら、部屋戻り。」
DVDを観ながら、うつらうつらとし始めると、侑士にそう言われた。
「眠くない!」
頭を思い切り振って、眠気を飛ばす。
「そんな首振ったら飛んでってまうよ?」
苦笑交じりに侑士が言う。
「・・・向日、お前、意地張ってねぇでさっさと寝ろ。」
洋書を読んでいた跡部にジロッと睨みつけられた。
「眠くねぇって言ってるだろ!!」
眠っている間に侑士がいなくなってしまったらと思うと怖くて眠れないだなんて言えるはずもない。
ちらっと隣に座る侑士を見上げてみる。
特に変った様子はなく、いつものようにDVDに集中しているようだった。
あれきり、何か聴こえるとか言うことはなかったけど、時々、侑士の心がここに無いように感じる時があった。
その度に、とても不安になる。
急に消えたり、いなくなったりすることはありえないのに、現実に起こってしまいそうな予感に見舞われる。
「・・・・・岳人?どないしたん?」
侑士が少し困ったような声を出し、ハッと気がつくと、俺は侑士の腕にしがみつく様に抱きついていた。
「え・・・あれ?」
自分の無意識の行動に驚いた。
だけど、何故か離すことが出来なかった。
今、ここで離してしまったら、一生会えないような気がした。
すぐ隣に居るというのに、もう、侑士に会えないと思ってしまった。
「・・・・・・もう寝よか、岳人。俺も寝るわ。」
侑士は苦笑して、DVDを止め、テレビを消した。
「ほな、跡部。俺らはもう寝るわ。おやすみな。」
侑士が立ち上がりながら跡部に声をかけた。
「・・・あぁ。さっさと寝ろ。」
侑士の腕にしがみついたまま、リビングを出ようとして、ふと強い視線を感じた。
振り返ると、跡部が真剣な眼差しでこちらを・・・いや、侑士を見ていた。
だけど、俺が見ていることに気づいた跡部は、即座に目線を本に戻した。
「岳人?部屋行くで?」
侑士に声をかけられて、俺は跡部から侑士へと目を移した。
俺たち以外誰もいない廊下。
少し違和感を感じながらも、二人で階段を上った。
「・・・ん?何やこれ?」
階段の途中で、侑士が何かを見つけたらしく、立ち止まり屈んだ。
「・・・・指輪?」
侑士がそう呟くのと同時に、侑士の体がグラリと揺れる。
その瞬間、俺たちの間に何かが過ぎり、侑士の体が弾かれたように吹っ飛んだ。
「え?」
ダダダダダッと何かが転げ落ちていく音が廊下に響き渡る。
数瞬遅れて、侑士が落ちたのだと理解し、階段の下を見ると、床に倒れる侑士を見知らぬ白い服の女が見下ろしていた。しかも、その女は生きている感じがしなくて、透き通っているように見えた。
声を出すことも出来なくて、ただただじっとその女を見ていると、女がゆっくりと顔を上げ、俺の方を見た。
そして、口元だけで少し笑ったのだ。その笑顔を見て、背筋がゾッとした。
女はそっと侑士に触れ、侑士の手の中から何かを取り、スウッと消えていった。
「・・・あ・・・・・ぁ・・・・うわあぁぁぁっ!!!!」
俺は叫ぶと同時に、膝の力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「どうした!?」
リビングから跡部が、2階の部屋からはみんなが飛び出してきた。
「何があったんだ?」
階段の下に倒れている侑士のところへ跡部が駆け寄り、他のみんなは俺のところへ駆け寄ってきた。
「・・・・・とりあえず、忍足を部屋に運ぶぞ。樺地!」
「ウス。」
跡部に促され、樺地がゆっくりと侑士を抱え上げ、部屋に運んでいった。
俺は宍戸たちに支えられるように立ち上がり、侑士の部屋に向かった。
「・・・・・気を失っているだけのようだな。すぐ気がつくだろ・・・」
跡部が侑士の様子を確認し、そう言った。
「何があったんですか、向日先輩?ケンカ、というわけではなさそうですし・・・」
長太郎がそう訊いてきても、俺は何も答えられず、ただ首を横に振るだけしか出来なかった。
何をどう説明すれば良いのかわからない。
目の前で見ていた俺自身、信じられないことばかりなのだから。
「・・・・・・・・う、ん・・・」
ベッドの上の侑士が身じろぎ、俺たちは一斉にベッドの方を見た。
「あれ・・・?何しとんの、みんなして・・・」
目を開けた侑士は、周りを見渡して不思議そうな顔をした。
「侑士!!よかった・・・」
俺はさっきまでの不安も恐怖もすべて吹っ飛んだような気がした。
だけど、それも束の間で・・・
「・・・・お前、誰や?」
侑士はじっと俺の顔を見て、首を傾げてそう言った。
「え・・・?」
その言葉を聞いた俺はもちろん、他のみんなも驚きを隠せない様子だった。
→
+memo+
ホラーとかミステリーとか大好きな私・・・ついにやってしまった・・・
死にはしませんのでご安心(?)ください。