記憶のカケラ
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「・・・な、何言ってるんですか、忍足先輩!冗談はやめてください!!」
沈黙を破ったのは、長太郎だった。
「そ、そうだぜ、忍足。いくらなんでも、それは酷いぜ。」
長太郎に続き、宍戸が非難の声を上げる。
だけど、侑士は何を言われているのか理解していないのか、訝しげに宍戸たちを見て、
「・・・・・知らんもんは知らんのやから、しゃあないやんか。」
と言った。
「・・・・・一つ、良いですか?忍足さん。」
何かを考え込んでいた日吉が口を開いた。
「あぁ、何や?」
侑士が日吉の方を見る。
「ここにいるメンバーの名前を、一人ずつ示しながら言ってみてください。」
「あぁ、ええよ。跡部。樺地。滝。宍戸。鳳。ジロー。日吉。」
一人ずつ、指差しながら答える侑士。
それは寸分の違いもない、正しい答え。
だけど、俺の前で止まった。
「・・・・・どうして、向日先輩だけわからないんですか・・・・」
長太郎が自分のことのように苦しそうに顔をゆがめた。
(なんで・・・どうして・・・・!?)
頭の中がパニックを起こしている。
今、目の前で起こっていることが現実のことだと信じられない。・・・・信じたくない。
心がこの現実について考えることを拒否している。
視界が揺れ、意識が遠ざかった。
「・・・・岳人っ!!」
どこか遠くで、滝の声が聞こえた。
* * * * * * * * * *
カーテンの隙間から差し込む光が眩しくて、目を覚ました。
「・・・・・あれ?」
周りを見てみると、そこは、俺が与えられた部屋だった。
あれは夢だったのか・・・?
そんな淡い期待が膨らむ。
「・・・・・夢なはずないよな・・・」
あれが夢だったら、今、この場には侑士がいるはず。
一緒に寝て、一緒に朝を迎えて、楽しくて幸せな旅行になるはずだったのだから・・・
「・・・・・・・あ、岳人。起きたんだね。おはよう。」
静かに部屋のドアが開き、滝が顔を出した。
「大分、顔色が良くなったね。気分は悪くない?」
そう尋ねてくる滝の顔色はあまり良くなかった。
もしかしたら、眠っていないのかもしれない。
「う、ん・・・」
侑士は?みんなは?・・・・・訊きたいことは山ほどあるのに、言葉が出てこない。
「朝ごはん、食べられるようなら、食堂に用意してあるから、食べに行こうか。それとも、部屋で食べる?」
「・・・・・・食堂、行く。」
部屋にひとりきりでいたくない。
たとえ、侑士の顔を見るのが辛くても、誰かいる方がずっと良い。
ひとりになってしまうと、何を考えるか分からないから。
「そう。じゃあ、行こうか。」
滝に促され、俺はベッドから降りた。
食堂に行くと、ほとんどのメンバーが揃っていて、先に食べ初めていた。
いないのは、ジローくらいだった。
「おはようございます、向日さん。」
真っ先に声をかけてきたのは日吉だった。
いつもならすぐ声をかけてくる長太郎は、青ざめた表情で、のろのろと食事に手をつけていた。
「・・・おはよ。」
なるべく不自然にならないように、いつもどおりの態度を示す。
ちらっと侑士の方へ目を向けると、侑士は俺に関心がないらしく、跡部と話していた。
―――近くにいるのに、とても遠い・・・
泣きそうになるのを堪え、席に着いた。
「・・・岳人、今日は湖の方に行こうと思ってるんだけど、岳人も行く?」
俺の分の朝食に手を伸ばすと、隣に座った滝にそう言われた。
「・・・誰が行くの?」
「俺と日吉と長太郎と宍戸だよ。とても綺麗な湖で、野生の動物も来ることがあるんだって。」
「・・・・行く。」
ひとりきりで過ごすくらいなら、滝たちと出かけて、気を紛らわしていた方が良い、そう思った。
「じゃ、決まりだね。」
そう言って、ニッコリと滝は笑った。
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+memo+
今回、ちょっと短いです。
次は核心に触れていく予定。