Pure
テニス部の練習が終わり、慌てて校舎に向かう。
予定より長引いてしまった練習の所為で、約束の時間はとっくに過ぎてしまっている。
「怒るだろうな・・・」
上履きに履き替え、階段を駆け上がる。
3階の真ん中辺りにある教室に駆け寄り、ドアの前で立ち止まった。
――――ガラッ
引き戸を開け、中を覗き込むと、一番後ろの机に伏せっている人影を見つけた。
それは俺の恋人のだ。
は、ドアが開いた音に気づかないのか、身動き一つしないで伏せったままだ。
「?」
席に近寄りながら声をかけるが、反応がない。
「・・・・あ。」
俺は慌てて口を塞いだ。
がすうすうと静かな寝息を立てて眠っていたのだ。
「眠ってしまったのか・・・」
俺はそっと隣の席の椅子を引き、そこに座った。
静かな空間では、の寝息しか聞こえない。
机に頬杖をつき、の寝顔を眺める。
(・・・・・黙っていれば、可愛いのにな・・・)
は誰が見ても、可愛い容姿をしている。
だけど、間違っても、本人に面と向かって可愛いとか、女の子みたいだなんて口にしてはいけない。
ブチ切れたにぶん殴られて、病院送りにされてしまうのだ。
学校内でも、そういった失敗をした生徒は多数いる。
そのため、全校生徒の間で、“は可愛い”と言う言葉が禁句であることは暗黙の了解となっている。
しかし、うっかり口にしてしまう生徒も時々いるため、そういった生徒を守るために、“対策係”というものが、密かに存在している。対策係が何をするところかと言うと、に対してうっかり失言をしてしまった生徒を、その場で即座に保護し、の前から連れ去るというものだ。
当のは熱しやすく冷めやすいため、元凶が目の前からいなくなれば、しばらくすると普通に戻っているからだ。
このことを知っているのは、幼稚部から共に進級してきた生徒だけで、対策係は中等部から編入してきた生徒に対してのことを本人に気づかれないように教えていく役目も担っている。
『日吉ってスゲェよな・・・』
いつだったか、向日さんがそう言った。
何故かと問いかければ、向日さんは真面目な顔をして、
『だって、お前。あのと付き合ってる上に、可愛いとか言っちまっても無事じゃん。・・・まあ、殴られてはいるみたいだけど、他の奴らに比べたら全然軽いじゃん?』
と言った。
それを聞いていた他の先輩たちも、大きく頷いていた。
『・・・・・・は、半分以上が照れ隠しですよ。』
と教えたら、信じられないと驚いていたけれど。
は、自分が可愛いということや女の子みたいだということを認めたくないという気持ちが半分と恥ずかしいという気持ちが半分あって、それが暴力と言う形になって現れているのだ。
最初の頃は気づかなかったが、友人として、恋人として付き合っていくうちに、段々との本音が見えてくるようになった。
(そういうところが可愛いんだけれど・・・)
の魅力は俺だけが知っていればいい。
そう思った。
「・・・・・ん・・・?」
が身じろぎ、うっすらと目を開けた。
寝ぼけ眼でフラフラと視線を彷徨わせた後、俺を見て焦点が定まった。
「・・・・あ?・・・・・お前、来てたんなら起こせよ!!!」
ガタンと大きな音を立てて、は椅子から立ち上がった。
「・・・・気持ち良さそうに寝てたし、起こすのも可哀想だと思ったんだ。・・・・可愛い寝顔を見ていたかったというのもあるんだがな。」
俺がそう言うと、は顔を真っ赤にして拳を振り上げた。
「てめっ・・・・!!!」
真っ直ぐ俺の顔目掛けて振り下ろされた拳を手で受け止め、引き寄せて膝に座らせると、はしばらくジタバタと暴れた後、大人しくなった。
「待たせて悪かった。」
「・・・・・・フン。帰りになんか奢れよ。それで許してやる。」
は赤くなった顔を見られたくないのか、そう言いながら俯いた。
「わかった。」
俺はの顔を上向かせて、額にキスをした。
は更に顔を赤くして、俺に肘鉄を食らわせて立ち上がった。
「てめぇ、いっぺん死んで来い!!!」
はそう捨て台詞を残してカバンを持って教室から飛び出して行った。
「・・・・・だから、そういうところが可愛いんだよ・・・」
俺はゆっくりと椅子から立ち上がって、の後を追った。
既に廊下にはいなかったが、きっと、昇降口で待っているに違いない。
それが、いつものことだから。
そして、彼の全てが愛しいと思う瞬間だ。
*おわり*
+あとがき+
「ある日曜日の出来事」の主人公と同じです。
実は最恐主人公。
今度は日吉視点の別のお話です。
・・・少しは甘くなったでしょうか?