記憶のカケラ
+5+
シャワーを浴び終え、部屋に戻ると、滝はいなかった。
俺はバスタオルを肩に掛け、ベッドの端に座った。
汗でぐっしょり濡れていたシーツはすべて剥がされ、新しいものと取り替えられていた。
たぶん、滝が新しいものと交換してくれたのだろうと思う。
「・・・・・はぁ。」
俺はシャワーを浴びている間、ずっと、さっき見た夢のことを考えていた。
あれは、何だったのだろう・・・?
あの男は誰?あの女は誰?
色んな疑問が頭の中を駆け巡った。
夢にしては現実味を帯びていて、感触とか匂いとかがリアルに残っている。
「・・・・・・・・侑士。」
夢で見たあの男は、侑士に似ていた。
顔はハッキリ見えなくても、姿形や雰囲気が侑士に似すぎていた。
ただ違ったのは、話す言葉が標準語だったことと、恋人に対して殺意を抱いていたこと。
「どうして・・・」
今朝、湖の祠の話を聞いた。
あの時、頭の中に響いた声は、夢の中の女の声と同じだった。
ということは、あれは、あの女の記憶・・・?
「わけわかんねぇよ・・・」
それならば、どうして俺の夢に出てきたのだろう。
侑士に似た雰囲気を持つあの男も、どうして女の首を絞め、指輪を抜き取って行ったのだろう。
あの二人は好き合っていたんじゃないのか?
少なくとも、女は男を信じていた。心の底から好きだと、愛していると思っていたはずだ。
だから、一緒に死のうと考えて、あの湖に行ったのだ。
『そうよ。私はあの人を愛しているの・・・・だから、返して・・・!!』
ズキンと頭が痛み、女の声が響いた。
「っ!!」
割れるような激しい痛みに、吐き気がする。
「ちが・・・う・・・ゆう、し・・・は、アイツじゃ・・・・ない・・・」
痛みを堪えながら、切れ切れに発する言葉。
『何が違うのよ!?あの人は私のものよ!!誰にも渡さない!!』
頭の中で女が喚く。
途端、息が出来なくなった。
ベッドに倒れこんだ俺の上に誰かがいる。
誰かが俺の首を絞めている。
「っ・・・・」
俺は必死で見えない誰かを引き剥がそうともがいた。
歪む視界の中に、ぼんやりと白い服の女が見えた。
女は涙を零しながら喚き、俺の首を絞めていた。
『信じていたのに・・・・っ・・・・どうしてっ!?』
意識が揺らぐ。
(誰か、助けて・・・・・侑士っ・・・・!!)
届かないとわかっていながらも、そう願ってしまった。
「岳人っ!!!」
侑士が俺の名を呼ぶ幻聴が聞こえるほどに・・・
* * * * * * * * * *
ガタッ
跡部やジローとテニスをし、着替えるため、部屋に戻る途中、通りかかった部屋から物音が聞こえた。
「何や?」
このフロアには俺たちに与えられた部屋がある。
滝と日吉と宍戸と鳳は外へ出ると言っていたから、今は誰もいないはずや。
「誰かおるんか?」
物音が聞こえた部屋の前に立つ。
この部屋は誰が使っとったやろか・・・
そんなことを考えながら、ドアノブを回し、ドアを開き、部屋の中へと入った。
「誰や、アイツ・・・」
見たことのない奴やと思った。
見たことのない奴が、ベッドの上でひとりで暴れているように見えた。
「・・・・変な奴やな・・・」
ポツリとそう呟いて部屋を出て行き、ふと気づく。
彼の表情が、あまりにも苦しそうやったことに。
もしかしたら、何かの病気で、発作でも起こしとるんやないか・・・
そう思って、もう一度部屋に入る。
「・・・ん?何やこれ?」
入り口の近くに、小さなものが光っていた。
それをそっとつまみ上げ、見てみると、
「・・・・指輪?」
銀色の指輪だった。
小さな石がついている。
「っ!?」
じっと指輪を見ていたら、急に頭痛がした。
吐き気を催しそうなほどの激しい頭痛に、頭を抱えた。
『・・・・思い出せ!本当に大切なものを見落とすな。守るべきものを、忘れるな・・・』
知らない男の声が頭に響いた。
「・・・・なっ!?」
頭痛が治まるのと同時に、目に飛び込んできたもの。
それは、白い服の女に首を絞められとる岳人の姿やった。
「岳人っ!!!」
俺は慌てて岳人に駆け寄った。
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+memo+
前半が岳人視点で、後半が侑士視点です。