第六話



体育の授業が終わり、俺は再び人がいないトイレで着替えを済ませた。
今度は迷うことなく自分の教室へ戻ることができた。
教室では各々が持ってきた弁当を食べていた。
半数以上は学食へ行ったらしく、教室内はガラガラだった。
俺は体操服の入った袋を自分のロッカーへしまい、自分の席に着いた。
昼食は自分で作った弁当があるため、このまま教室で食べようと思った。


「いただきます」


机の上に弁当を広げ、食べ進めていると、ふと廊下がざわついた。
俺は何とはなしに廊下を見遣り、その原因を見つけた。
教室の入り口のすぐ脇で跡部が忍足と何やら話をしていたのだ。
教室内にいた女子や廊下を通りかかった女子らが動きを止め、二人に見とれている。


「跡部様カッコイ〜」


教室の中から聞こえたのか、廊下から聞こえたのか、はたまた両方か。
複数の女子がうっとりと呟いていた。


「・・・・・・馬鹿馬鹿しい」


二人が格好良いのは認めるが、同い年の男を様付けで呼ぶ心理がわからない。
童話に出てくる王子様と勘違いしているのではないか。
顔が良くて金があっても、たかが中学一年生の男子だぞ。
顔が良いのはともかくとして、金持ちなのは本人ではなくそいつの親だ。





わずかな苛立ちを覚えながらも弁当を食う手は止めなかった。
そんなとき、名前を呼ばれた。
この学園内に俺のことを下の名前で呼ぶほど仲が良い奴はいないはずだ。
不思議に思って顔を上げると、そこには跡部と忍足が立っていた。
忍足に名前を教えた覚えはないため、俺を呼んだのは必然的に跡部だということになる。


(馴れ馴れしいな・・・)


「何か?」


苛立ちを隠し、二人の顔を見遣る。
跡部はニヤリと嫌味ったらしく笑っているが、忍足は無表情だ。


「お前、テニス部のマネージャーやれよ」


「はぁ?・・・・・・テニスに興味ないのでお断りします」


危うく素の状態で返事をするところだった。


「第一、何でお・・・・・私なの?テニス部のマネージャーになりたがる女子はいくらでもいるでしょう」


俺、と言いかけて、慌てて言い直した。


「俺様がお前に興味を持ったからだ」


「私は貴方に興味を持たれても嬉しくない。だからマネージャーにはならない」


目を見据えて、きっぱりと言い切る。


「気が強いんだな。気が強い女は好きだぜ」


跡部はそう言って俺の顎に手を添えた。


「気安く触るな」


その手を払いのけ、睨みつけてやる。


「跡部様の手を振り払うなんて何様のつもりよ!!」


「そうよ!!ちょっとくらい顔が可愛いからって偉そうに」


周りの女子がギャーギャー騒ぎ始めた。
明らかに妬み嫉みが含まれている。


(俺は嬉しくないんだっつーの。嫌がってんのくらい見りゃわかるだろうが。代わってほしけりゃいくらでも代わってやるっての)


思わず、素に戻って怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られるが、ここで俺が怒ってしまったら三日も女装を我慢した俺の努力が水の泡になる。


(滝や宍戸の方が紳士的だったな・・・)


そんなことを思いながら、ため息をつく。


「なぁ、跡部。女の子にいきなり触るんはどうかと思うで。彼女が怒るんも無理ないわ」


今までムッツリ黙っていた忍足がそう言った。


「あぁ?・・・・チッ、まぁ良い。、今日の放課後、テニス部の部室に来いよ」


「断る。絶対行かない」


跡部に命令され、俺はもう一度きっぱりと断った。
すると跡部はフッと小さく笑って、俺の席から離れていった。
忍足も跡部の後を追って離れていく。
周りの女子たちがブーブー文句を言い連ねているが、俺の耳には入らなかった。


(何だよアイツ・・・・絶対行くもんか)


二人の背中を見送り、放課後になったら即行帰ることを心に決めた。



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+あとがき+

真面目で引っ込み思案な女の子、という最初に作った印象はとっくの昔になくなっていますが、主人公は気づいていません(笑)