第二十八話
「君、待ちなさい」 六月に入ってすぐのある日の朝、日直である俺は職員室へ向かっていた。 朝練の生徒以外ほとんどいない校舎内はシンと静まり返っていて、清々しい気持ちにしてくれる。 そんなことを考えていたら、聞き慣れない声に呼び止められた。 振り返るとそこには、やけにホストくさい男が立っていた。 はっきりとした年齢はわからないが、かもし出す雰囲気や貫禄からそう若くはないことがわかる。 せいぜい四十手前、といったところか、その男は到底学校関係者とは思えないような風貌で、金持ちだとアピールするかのようなブランド物のスーツに真っ赤なスカーフ。 (微妙な趣味だな・・・・・・) もし父さんがこんな格好をしたら間違いなくその場で燃やすだろうな・・・・・・とぼんやり思った。 そんな俺を男はまじまじと見つめる。 そして、 「やはり、君はだな?」 と言った。 「は・・・・・?」 見知らぬ男が何故俺の名前を知っているのだろうか。 不気味に思えて、俺は身構えた。 「そうだろう?聖香(キヨカ)さんにそっくりだ」 “聖香”とは俺の母さんの名前だ。 何故、この男が母さんのことを知っているのだろう。 「・・・・・・どちらさまですか?」 警戒しつつも疑問を口にする。 「私は君のお父さんの友人で榊という。ここの音楽教師でテニス部の監督も務めている」 父さんの友人・・・・・教師・・・・・ということは、全ての元凶か。 母さんのことを知っているのなら俺が男と知っているはずだ。 それを承知の上で俺を女としてこの学校に入学させたのだ。 父さんと二人で画策して・・・・・・。 もしかすると、他の教師陣も知っているかもしれない。 そうなると俺はこの二ヶ月余りもの時間、赤っ恥をさらしていたことになる。 (絶対許さねぇ・・・・・・あのクソオヤジ・・・・・) どういう仕打ちをしてやるか・・・・・・そんなことを考えた。 「ふむ・・・・・・思った通り、よく似合っている」 榊のその言葉で俺の怒りのボルテージがグンと上がる。 ガシャンとそばにあった窓ガラスが割れる。 どうやら無意識のうちに握り締めた拳で殴りつけていたようだ。 「・・・・・・君に空手を習わせたのは間違いだったな・・・・・・」 榊は割れた窓ガラスを見つめ、ため息交じりに呟いた。 「次はお前の顔に当てる」 相手が年上だとか教師だとか、そんな些細なことは今の俺にはどうでもよかった。 「・・・・・・まあいい。今はもう行きなさい。ここは誤魔化しておく」 「・・・・・・言われなくても逃げるに決まってんだろ。その前に一発殴らせろ」 右手で拳を作り、榊の腹部を狙った。 ぐっ、と呻く声を聞きつつ、俺はその場から離れた。 第二十七話← →第二十九話 戻る +あとがき+ んー・・・・・・どんどん主人公の性格が変わっていく。 あ。暴力を推奨しているわけではないので真似しないでくださいね。 |