第三十二話



楽しい夕食が終わり、デザートのケーキも平らげたときには九時を回っていた。
優紀ちゃんが制服を入れるための紙袋を用意してくれたので、仁の服を着たまま帰ることにして、亜久津家を後にした。


「じゃあ、仁。ありがとな」


優紀ちゃんの命令で近くのバス停まで見送りに来てくれた仁に礼を言うと、仁はフイッとそっぽを向いた。


「……ババアが喜ぶからまた来いよ」


ギリギリ俺に聞こえる程度の音量で仁が言う。


「もちろん」


俺は笑いを堪えて頷いた。
と、その時バスが到着した。


「じゃあ、またな。おやすみ」


「おう」


俺は仁と軽く拳をぶつけ合ってからバスに乗り込んだ。
時間帯が時間帯なだけにバスの中はガラガラで、俺は近くの空いている席に腰掛けた。
窓から外を見ると仁がまだバス停にいて、じっと俺を見ていた。
俺が手を振ると仁は軽く片手を挙げて、バスが発車するのと同時にバス停を離れていった。
優紀ちゃんにしっかり見届けろと言われたのだろう。
それを律儀に守る仁がおかしくて、俺は一人で声を押し殺して笑った。




* * * * *




帰宅すると十時近くになり、家に近づくと父さんが家の前をウロウロしているのが見えた。


「……不審者じゃねぇかよ」


いつものことなので特に驚きはしないが、知らない人が見たら通報されそうだ。
俺は足早に家に近づいた。


、遅いじゃないか。こんなに遅くなるなら連絡しなさい」


俺に気付いた父さんが駆け寄って来る。


「バス乗った時にメールしただろ。てか、父さん原稿終わったの?締切明日だろ」


一体いつからここにいたのかは知らないが、九時の時点で俺は父さんにバスに乗ったとメールしている。
もし、メールを受け取った時からここにいたのなら仕事はどうなったのだろうか。
今朝は仕事部屋に籠ったまま出てこなかったので相当切羽詰まっていたはずだ。


「……まだ、あと少し……」


父さんがぽつりと言う。


「早く仕事しろ!!!」


俺は怒鳴りながら父さんの腕を掴んで家に入り、仕事部屋に押し込んだ。
俺の身を心配する前に自分の心配をしてくれといつも思う。
父さんがきちんと仕事をしてくれないと俺たち親子は路頭に迷う羽目になるのだ。


「ったく、しょうがない親父だな……」


大きくため息をついたが、頬が緩むのがわかる。
何だかんだ言っても父親は父親で、嫌いにはなれない。
俺も父さんが出かけていて帰りが遅ければ心配くらいする。
結局のところ、俺たち親子は似た者同士なのだ。
世の中には憎み合っている親子もいるが、俺たちはきっとずっとお互いを思いやって生きていくだろう。
そんなことをふと考えた。



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主人公親子は仲良しです。