第三十三話



「・・・・・・はぁ・・・・・・」


梅雨入りしてからどれくらい経っただろうか。
毎日毎日シトシトと雨が降り続く。
雨だからと言ってテニス部の練習は休みにはならないようで、跡部たちは部室にあるトレーニングルームで必死にトレーニングしている。
トレーニングが始まると、マネージャーの仕事はほとんどなくなってしまう。
ドリンクもタオルも十分に用意したし、部室の掃除も終わっている。
部室の中には娯楽になるようなものは無く、コッソリ持ち込んだ菓子をむさぼり食うぐらいしかやることがない。


「・・・・・・あの変態に俺専用のパソコンかテレビ買わせるか?」


先日、殴りつけてやった父さんの友人、榊の姿を思い浮かべる。


「・・・・・・いや、二度と会うもんか・・・・・・次会ったら殴るだけじゃ済まなさそうだしな・・・・・」


榊と会ったあの日、帰宅してから俺は父さんを問い詰めてやった。
だが、父さんはまったく悪びれることなくあっさりと認めた。
その時のしたり顔に腹が立ち、仕事用のパソコンぶっ壊すぞ、と脅しをかけると、渋々といった感じで謝罪を口にした。
そして、俺に女装をさせようと思い至った理由を話してくれた。


今から一年ほど前、榊と父さんは二人で飲みに行ったらしい。
その時に、俺が死んだ母さんに年々似てきているという話をしたそうだ。


『聖香(キヨカ)が死んだばかりの時は、聖香に似たを見るのが辛かったんだが・・・・・・が可愛いのは今だけだって気づいてな・・・・』


『そうだな。男の子はあっという間に成長する』


『今のは俺たちが聖香と出会った頃に瓜二つなんだ』


『そうなのか?それは見てみたいな』


『そう言うと思って、写真を持ってきた』


『・・・・・・ほう、これは・・・・・・想像以上だな』


『だろう?そこで、お前に頼みがある』


『何だ?』


『来年、を氷帝に入れるんだが、を女として入学させたい』


『・・・・・・くんが怒るんじゃないか?』


『間違いなく怒るだろうな。だが、アイツは聖香の名前を持ち出せば、渋々でも了承するさ』


『お前・・・・・・父親として恥ずかしくないのか?』


『氷帝の制服を着た聖香だぞ!?お前は見たくないのか!?あの頃の聖香の写真は一枚も無いのに!!』


『・・・・・・わかった。一応、何とかしてみるが、他の教員たちにバレたら諦めてくれ』


『ああ。頼んだぞ』


そんなやり取りを交わし、俺は女として氷帝に入学することになったそうだ。
どう考えても父さんの単なる我儘じゃねぇか!!!


「あー、クソ!!!今思い出しても腹が立つ」


とりあえず他に俺が男だと知っている教師はいないことにホッとしたが、逆に誰かに知られたら俺は女装をやめられるのかもしれない。


「・・・・・・今さら、だよなぁ・・・・・・」


入学して二カ月が経ち、周りから“さん”と呼ばれることに慣れてきた。
今のところ、俺に第二次性徴の兆しは見られず、女として生活していても違和感はなさそうだ。
死んだ母さんに顔が似ている、ということは昔からよく言われていたが、今の俺が昔の母さんに瓜二つだとは知らなかった。
父さんが言うように、母さんが中学生の頃の写真は一枚も無く、大人になってからの母さんの写真しか見たことがなかったのだ。


「そんなに似てる・・・・・・のか?」


誰のものかわからないがテーブルの上にあった手鏡を手に取って覗き込む。


「・・・・・・わからん」


手鏡を放り出し、天井を見上げる。
テニス部に入って一カ月ほど経つが、この豪華な部室にはいまだに慣れない。


「フツーの部室にはソファなんか無いっての・・・・・・」


今、自分が座っている大きなソファ。
そこに置かれている豹柄のクッションで誰の趣味かがわかる。


「はー・・・・・・」


豹柄クッションを枕にゴロリと横たわる。
このフカフカ感は何とも言えない心地よさで、これは一体いくらなのかと聞いてみたい気もするが、聞くのはためらわれる。


「あー・・・・・・ねむ・・・・・・」


ぼんやりと天井を見上げている内に睡魔に襲われ、俺はその睡魔に負けた。



第三十二話← →第三十四話


戻る


+あとがき+

まだ続きます。