第三十四話
ふわりと鼻先を何かが掠めたような気がして意識が浮上した。 緩やかなまどろみの中、ゆらゆらと揺れているような心地よい感覚。 いつまでも続いていてほしいような、そんな気分だ。 「・・・・・・さん・・・・・・さん。さん、起きてや」 誰かに呼ばれて、ハッとする。 「あ、起きた?こんなところで寝とったら風邪引くで?」 眼前に忍足の顔があって驚く。 「・・・・・・忍足、くん?」 「そやよ。寝ぼけとるんか?」 忍足が可笑しそうに笑う。 「あれ・・・・・・寝てた?」 「うん、そらもう、ぐっすりと」 何べん声かけても起きんくってどないしよ思っとったわーと忍足があっけらかんと言う。 「もしかして、部活終わり?」 「いや、あと二十分くらいあるで」 「そう・・・・・・忍足くんは何しに来てたの?」 「絆創膏取りに来たんや。爪が割れてもうてん」 忍足はそう言って、絆創膏を巻いた左の人差し指を顔の前に掲げた。 ガーゼ部分にうっすらと血が滲んでいて痛々しい。 「あれ?救急箱はミーティングルームに置いてあったよね?」 このロッカールームには救急箱を置いていなかったはずだ。 「せやから、絆創膏取りにミーティングルーム入ったらさんおらんから、どこにおるんやろ思って探したんや」 そうしたら、ロッカールームのソファで居眠りをしている俺を見つけたらしい。 「そうなんだ・・・・・・お手数おかけしました」 「いやいや、気にせんといて。ほな、俺は戻るわ」 「あ、ねえ、忍足くん。さっき私に何かした?」 ロッカールームを出ていこうとする忍足を呼び止める。 意識が覚醒する間際、何かが顔に触れたような気がしたから、忍足が何かしたのかと思ったのだが・・・・・・。 「・・・・・・・・・・・・いや?起こすのに肩は触ったけど・・・・・・あ、ごめん。嫌やったよね?」 忍足はしばしの間の後、ゆっくりと首を振った。 しかし、ちらとも振り返らない。 それどころか、少し動揺しているように見える。 その態度が逆に怪しく思えて仕方が無い。 さっきまで面と向かって普通に話していたのに、何を動揺するのか。 そんな忍足の態度に、俺も何故か落ち着かなくなる。 「・・・・・・別に・・・・・・嫌では、ないけど・・・・・・」 え?何この雰囲気? 頭の上をたくさんのクエスチョンマークが飛び交う。 「そ?なら良かったわ。くれぐれもセクハラだとか騒がんといてね」 忍足は幾分か軽い調子で言うと、ロッカールームを出て行った。 「・・・・・・何だったんだ?」 一人取り残された俺は首を傾げる。 全くわからない。 とりあえず、何かが触れたような気がしたのはただの俺の気のせいということで良いのだろう。 「まあ、良いや。着替えてこよう」 俺はソファから飛び起き、ロッカールームを出た。 第三十三話← →第三十五話 戻る +あとがき+ うーん・・・・・・何がしたいのかよくわからなくなってきました。 |