第三十八話



「・・・・・・五分経ったから、行ってくるね」


時計を見て、宍戸たちが入ってから五分過ぎたことを確認して、俺は中に入った。
入口を入ってすぐは真っ暗な空間で何も見えない。
想像していたようなおどろおどろしい音楽はかかっておらず、ただただ風の音がするだけだった。
壁に手を当て、ゆっくりと足を進める。
中は入り組んだ迷路のようになっているようで、細い通路が続いていた。
遠くの方で向日の物らしき悲鳴がかすかに聞こえるが、壁に飾られた絵画がカタカタと揺れたり、ランプが明滅したりと些細なことが続くだけだった。


「何だ、こんなもんか・・・・・・」


ホッと息をついたところで、ガシャンと大きな音が響いた。


「ヒッ・・・・・・」


喉元まで出かかった悲鳴をグッと飲み込む。


「ビックリした・・・・・・」


バクバクと激しく鳴る胸を手で押さえ、深呼吸をした。
慎重に一歩一歩足を踏み出す。
不必要に周りを見ないよう、じっと足元を見下ろしながら歩いた。
壁に沿って這わせていた手が不意に柔らかい物に触れた。


「え?」


固い壁が続いていたはずなのに、と顔をあげると目の前に血みどろの女が立っていた。


「うわっ!!!」


驚いて飛び退いた俺は反対側の壁にぶつかり、そこでもまた驚く羽目になった。
天井から髪の長い女がぶら下がっていたのだ。
女は俺の顔を見てニヤリと笑った。
人形ばかりいるのだと思っていたが、生身の人間もいるようだ。
と、頭では理解するものの、怖いものは怖い。


「〜〜〜っ!!!」


声にならない悲鳴を上げながら、よろよろと先に進んだ。
もう膝がガクガクしていて走ることもできない。
足を進める度にピシ、パシ、とラップ音が鳴り、背後ではビタンと何かが壁に張り付く音も聞こえたが、怖くて確認することができない。
アイスをおごる羽目になるのは嫌だが、早くリタイアしたいと思う。
どこにリタイア用の出口があるのだろうと思いながら歩いていると、不意にポンと肩を叩かれた。


「ひゃあぁぁぁぁっ!!!!」


驚きの余り、腰が抜けてしまった。
へなへなとその場に座り込む。


「うわ、ごめん。驚かすつもりやなかってん」


聞き覚えのある関西弁が聞こえ、俺は顔をあげた。


「お、忍足、くん?何で・・・・・・」


そこにいたのは忍足だった。
俺が中に入ってからまだ五分も経っていないはずだ。


さん、ここ怖いみたいやったから五分待たずに追いかけて来たんや。追いついて良かったわ」


忍足は俺の前に屈んで、柔らかく微笑んだ。


「立てる?」


差し出された忍足の右手を掴み、何とか立ち上がる。


「・・・・・・ありがと」


礼を言って、手を離そうと思ったが、忍足に強く握られたままで離すことができない。


「あ、あの、忍足くん?手を・・・・・・」


「手、繋いでこか」


忍足はそう言うと、手を繋ぎ直した。
何故か俺はそれを拒めなくて、されるがままになっていた。


「・・・・・・怖かったら目つぶっとってもええからな。ちゃんと出口まで連れてくし」


「うん・・・・・・」


何だこれ?何だこれ!?
恐怖じゃない何かが沸き起こる。
忍足と手を繋いでいるという事実を認識した途端、かぁっと顔が熱くなった。


「ほな、歩くで」


忍足はゆっくりと足を進めた。
俺もそれに合わせて足を動かす。
わけのわからない感情に戸惑いつつも、それを考えないよう意識から追い出した。
結局、はずみで殴るかもしれないという俺の危惧は杞憂に終わり、俺たちは幽霊屋敷を出た。


「あれ?二人で入ったの?」


揃って出てきた俺たちを滝が目を丸くして見ていた。


「俺が追いついてもうたんや」


忍足はそう言って誤魔化した。
俺に余計なことは言うなというようにこっそりウィンクを寄越す。


「で、全員ちゃんと最後まで回ったんか?」


「それがね・・・・・・岳人たちが途中でリタイアしちゃったんだ」


「コイツ、途中で目ェ回しやがったんだ。激ダサだぜ」


宍戸が憤慨しながら向日を示す。
向日は青ざめた顔でしゃがみこんでいる。


「ほな、岳人のおごりっちゅうことやな。岳人、アイス買いに行くで」


忍足がへばっている向日を引っ張り立たせて、引きずるようにして売店へと向かった。
程無くして二人は人数分のアイスを買って戻って来た。
恐らく安い物にしたのだろう、棒付きのスティックアイスだった。


さん、バニラとイチゴとチョコのどれがええ?」


「えーと・・・・・・イチゴ」


「はい」


忍足に差し出されたイチゴアイスを手に取る瞬間、忍足の手に触れた。
思わずビクッとなってアイスを取り落としそうになったが、忍足は気にした風もなくアイスを支えた。


「あ、ありがと・・・・・・」


俺は慌ててアイスを受け取った。
忍足が他のみんなのところへ行った後、俺はコッソリ溜め息をついた。
今日の俺は一体どうしたというのか。
まるで自分が女の子になったみたいに、忍足に対してドギマギしまくっている。
今の俺は服装が女なだけで、心はれっきとした日本男子だ。


「次はどこ行こうね」


アイスを食べながら滝やジローたちがこの後の予定を立てている中、俺は離れた位置にいる忍足を意識しまくっていた。



第三十七話← →第三十九話


戻る


+あとがき+

遊園地編はとりあえず、これでおしまいです。