第三十九話



夏休みに入り、テニス部は毎日朝から晩まで練習に勤しんでいた。
俺は観客スタンドの最前列に座り、みんなの練習を見ていた。


「・・・・・・暑い・・・・・・」


跡部が俺の為にと用意した大きなパラソルの下で、しかもどこからか電源を引っ張って来たらしい扇風機も回っていて、他よりは涼しいとはいえ暑いものに変わりは無い。
部室なら冷房が利いていて涼しく過ごせるのだが、跡部がそれを許さなかった。
とにかく自分を見ろと主張してくる跡部にはウンザリしているのだが、部長命令だと言われたら逆らうわけにはいかないだろう。
せめてもの救いはジュースが飲み放題なところだろうか。


「でもなぁ・・・・・・いい加減飲みすぎて気持ち悪くなってきたな・・・・・・」


飲んだ水分の大半が汗で出てしまうとはいえ、汗の量より飲んだ量の方が多いことは明らかで、少々苦しくなってきた。


さん、大丈夫か?」


いつの間にかスタンドの前に忍足が立っていた。
先日の遊園地に行った日以来、俺はどうしても忍足を意識してしまい、ほとんど避けてきた。
だが、忍足はこちらの態度には気づかず、普段通りに接してくる。


「・・・・・・大丈夫って何が?」


「暑くてしんどいんちゃうかと思って」


「・・・・・・大丈夫」


「そうか?無理したらあかんよ?」


「うん、ありがと・・・・・・」


去っていく忍足に小さく礼を言う。
それからしばらく練習を眺めていたが、水分の取りすぎでトイレに行きたくなった。


「今の内に行っとくか・・・・・・」


あと五分ほどで休憩時間になる。
休憩時間になったらドリンクやタオルなどを配らなければならない。
俺は急いでテニスコートの外にあるトイレへと走った。
女子トイレには誰もおらず、俺はホッとしながら個室へ入った。
用を足し終え、洗面台で手を洗っていると女子生徒が四人やって来た。
見覚えのない顔だからクラスメートではない。
雰囲気が同学年の女子より大人びているため、もしかすると先輩かもしれない。


「あなたさんよね?」


彼女たちは俺を取り囲むように並んだ。


「・・・・・・そう、ですけど・・・・・・」


「あなた、跡部様とどういう関係?」


跡部様・・・・・・またアイツ絡みか。


「関係も何もただのクラスメートで部活仲間ですけど」


「嘘言わないで!!ただのクラスメートが何であそこまで優遇されるのよ!?」


知らねーよ。あれは跡部が勝手にやってるだけだっての。
面倒なことも多いが、俺にとって都合の良いこともあるため利用させてもらってるだけのことだった。


「さあ・・・・・・私にはわからないので、跡部くんに聞いてみてください」


とりあえず面倒なことはアイツに押し付けてやろうと思ってそう言った。


「な、生意気ね!!アンタみたいな女見てると虫唾が走るのよ!!」


激昂した女が右手を振り上げる。
その直後、火がついたような鋭い痛みが左頬に走った。
俺が避けなかったことに驚いたのか、俺を殴った女もその取り巻きも呆然と俺を見ていた。


「・・・・・・満足ですか?私は忙しいのでこれで失礼します」


女たちの間をすり抜けて、俺はトイレを後にした。


「ってぇ・・・・・・手加減くらいしろっての」


ひりひりと痛む頬をさすると、少しぬめった感触があり、掌を見てみるとわずかに血がついていた。
どうやら爪が引っ掛かったようで傷ができたらしい。


「・・・・・・はぁ・・・・・・」


俺はため息をついて部室に向かった。
ミーティングルームの救急箱から消毒液とガーゼ、絆創膏を取り出した。
鏡を見て傷を確認すると、一センチほどの傷から血がにじんでいた。
手早く消毒をして絆創膏を貼り、部室を後にした。
テニスコートに戻ると、既に休憩時間は始まっていて俺は慌ててドリンクなどを配った。
目敏い跡部に絆創膏を見つかったが、知らん顔してやり過ごしたが、


さん、その絆創膏どうしたん?さっきは無かったやろ?」


忍足が俺の腕を掴んで聞いてきたためギクリとする。


「・・・・・・腕、離して」


忍足に掴まれているところが次第に熱を帯びていくような気がして落ち着かない。


「あ、あぁ、ごめん」


忍足はパッと手を離した。


「・・・・・・さっきトイレ行ったとき、枝に引っ掛けちゃって・・・・・・」


とっさに思いついた嘘を口にする。
幸い、テニスコートの外にあるトイレの周りには木が生い茂っているため疑われることは無いだろう。


「・・・・・・そうなん?ちゃんと消毒はしたんか?」


「うん」


「なら、ええけど・・・・・・気をつけなあかんよ」


忍足は納得したような、していないような顔でそう言った。


「うん、ありがと」


俺はにっこり笑って忍足の前から離れた。
その後、宍戸や向日にも同じように聞かれて、同じ答えを返したら二人は納得していた。


「休憩は終わりだ!!練習を再開しろ!!」


跡部の号令で部員たちがテニスコートへと戻って行く。
俺は定位置のパラソルの下に戻りながら、テニス部の練習を見学している女子生徒たちに目を走らせた。
その中に先ほどの先輩方の姿は見当たらなかったため、ホッと息をついた。



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+あとがき+

陰湿なイジメは好きじゃないので、主人公への嫌がらせはさらっと流すことにします。
何だかんだ言って、主人公は付き合いが良いよね。(←跡部のこと)