第四十一話
昼食を済ませ、ジローと家を出ようとしたら、丁度父さんが帰って来た。 原稿が無事に終わったからと朝っぱらから飲みに出かけていたはずだが、何故こんなに早く帰って来たのだろう。 いつもなら夜中まで帰ってこないのに。 「どこへ行くんだい?」 父さんは胡散臭い笑みを浮かべて、聞いてきた。 「……花火大会」 嫌な予感がして答えると、親父はますます顔をほころばせた。 「じゃあ、着替えないと駄目じゃないか」 「…………何で」 「花火大会と言えば浴衣だろう」 「……最悪」 こんなことになるなら、家で昼飯なんか食わずにさっさと出かければ良かった。 「さあ、着替えようか」 有無を言わさぬ強引さで、父さんは俺とジローを家の中へと押し戻した。 リビングに押し込まれ、父さんがエアコンのスイッチを入れる。 「さあ、脱ぎなさい」 「うわっ!?やめろよ変態!!!」 あっという間に服を脱がされ、どこから出したのか女物の浴衣を着せられた。 オレンジ色っぽいピンク地に金魚の柄のこの浴衣はどうやら新品ではなさそうだ。 「何、この浴衣!?」 「神奈川のおばあちゃんがママの子どもの頃の浴衣を貸してくれたんだ」 神奈川のばあちゃんは母さんの母親だ。 従弟一家が一緒に暮らしていて、俺たち親子は毎年盆と正月に会いに行っている。 「は!?何で?いつ?」 「今日。さっきまで神奈川のおばあちゃんのところにいたんだよ」 締切明けはいつも朝から飲みに行っているから、今日もそうだと思って油断していた。 花火大会の日だから、わざわざ借りに行ったのだろう。 「はい、完成」 いつの間にか髪型まで完璧にセットされていた。 溜め息をつきながらリビングの壁にかかっている鏡を見てみると、いつもより髪が長くなっているから、 ウィッグをつけられたようだ。 そして頭のてっぺんでまとめた髪には薄いピンク色の丸いガラス玉のついたかんざしが刺さっている。 いつも思うが、父さんはこういうヘアアレンジを一体どこで覚えるのだろう。 そもそも女物の浴衣の着付けができるとは意外だった。 「じゃあ、次はジローくん。ジローくんにはの甚平を貸してあげよう」 父さんは楽しそうに言うと、ジローに俺の甚平を着せた。 俺もそっちが良い……と思いつつ、その様子を眺めた。 第四十話← →第四十二話 戻る +あとがき+ 長くなるかもです。 |