第四十四話



八月半ばのいわゆるお盆の期間には毎年、母さんの実家へ帰省する。
今年も例にもれず、俺たち親子は神奈川にあるその家へ向かった。


、おかえり。伯父さん、こんにちは」


最寄りの駅に着くと、従弟の幸村精市が迎えに来ていた。
何時に着くとか教えたわけではないのに。


「何でいるんだ……」


出来ることなら、こっちに来て最初に見る顔がコイツじゃなければよかったのに、と思う。


「ん?何か言った?」


精市はにっこりと微笑んで俺の顔を覗き込んだ。


「何も」


この従弟の笑顔ほど怖い物はないと思う。
下手に逆らわずに素知らぬ顔をする方が賢明だ。


「そう?じゃあ、行こうか」


自然に手を取られ、その手をつないだまま歩く羽目になる。
毎年のことだから、今さらゴチャゴチャ言う気はないが、恥ずかしくないのだろうかと思う。


、何か欲しい物ある?」


何でそんなことを聞くのかと疑問に思ったが、すぐに理由がわかった。
五日後には俺の誕生日があり、精市は毎年、この帰省の時期にプレゼントをくれる。


「ド○クエIX」


この日のため、買わずにいた某有名RPGの名前を挙げる。


「またゲーム?」


「他に欲しい物ねぇもん」


「ふーん。どうせならテニスラケットとかどう?」


「は!?絶対いらねぇ」


精市は事あるごとに俺にテニスをやらせようとする。
その度に俺は断固拒否しているのだが、精市はなかなか諦めてくれない。
しかも、精市は何故か俺のために金を使うことを惜しまないため、そのうち、勝手にテニス道具一式揃えてしまいそうだ。
そんなことになっても、俺は絶対にテニスをやるつもりはないのだが。


「残念だな……俺はとテニスやりたいのに」


「絶対嫌だ。お前のテニスえげつねぇから」


「そうかな?そんなことないと思うけど?」


小学生のとき、一度だけ無理やりテニスをやらされ、それがトラウマになっているのだ。


「幸村?」


本屋の前を通りかかったとき、知らない声が聞こえ、精市が足を止めた。
丁度、本屋から出てきたらしい、同い年くらいの二人の男子がこちらを見ていた。
幸村と呼んだから、精市の友達だろうと思う。


「真田、柳」


精市が二人の名前を呼び、予想が確信に変わった。


「奇遇だな」


おかっぱ頭の方が言う。


「ああ、二人は買い物かい?」


「そうだ」


精市の問いには目つきの悪い方が答えた。
どちらが真田で、どちらが柳なのか俺には見当もつかない。


「精市」


こっそりと精市に声をかけると、精市は無言でうなずいた。


「こっちが柳で、こっちが真田だよ。二人ともテニス部の仲間なんだ」


精市がおかっぱ頭の方を柳、目つきの悪い方を真田、と紹介してくれた。


「イトコの


そして、二人に俺を紹介する。


です」


軽く会釈をすると、


「さ、ささささささ真田、弦一郎、だ」


真田はゆでダコのように顔を真っ赤にしてしどろもどろに名前を言った。


(……何だコイツ?)


疑問に思いつつ、ふと背後に目を向けると、父さんはいつの間にかいなかった。
先に祖母の家に向かったのだと思う。
一年のほとんどを引きこもって暮らしている父さんには真夏の炎天下で立ち話をするというのは酷だったのだろう。
俺もテニス部に入るまで、夏の間は同じような生活をしていたから、父さんの気持ちはわかる。


「柳蓮二だ」


視線を元に戻すと、柳がじっと俺を見ていた。


「……。八月十八日生まれ、氷帝学園中等部一年A組、男子テニス部マネージャーで部長の跡部のお気に入り……」


淡々とした口調で紡がれる言葉は驚くようなことばかりだった。


「え?」


「ちょ、待った!!!」


慌てて柳の口をふさぐが、精市の耳にはしっかり入ってしまったようだ。


(まずい……)


女装をして氷帝に通うことになったことは伝えてあるが、テニス部のマネージャーになったことはまだ精市に伝えていない。
そもそも、どうして柳が知っているのだろう。


「どういうこと??」


「えーっと……」


どう言い訳をするべきか考えたが、何も思い浮かばない。


「……ごめん」


ネチネチと嫌味を言われることを覚悟してさっさと謝ることにした。


「氷帝に入るのは伯母さんの遺言みたいなものだから良いとして、どうしてが男子テニス部のマネージャーなんだい?テニスはやらないってさっきも言っていたじゃないか。あれは嘘だったのかい?」


矢継ぎ早に問われ、俺はそのどれにも答えられなかった。
俺の手を握る精市の手に力が入る。
一見優男のくせに、力は半端なく強いため、結構痛い。
その手を離してほしくて身をよじる。



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+あとがき+

私の設定としては、幸村のお父さんの姉が主人公の母親、ということになります。