第四十六話
お盆が終わると、俺たちはすぐに自宅に帰った。 精市はテニスの全国大会があるから応援に来てほしいと言っていたが、氷帝だって部活があるため断り、部活があるから、という理由を自然に考えられる自分に驚いた。 不本意な賭けで始まったテニス部入部を、いつの間にか当たり前のこととして受け入れられるようになっていたのだ。 最初はあんなに嫌だったのに。 「ちゃーん!!おはよー!!」 学校へ向かうと、ジローと向日、宍戸の三人が歩いていた。 「おはよう」 三人に近づくと、ジローが何やらニヤニヤ笑っていた。 「ちゃん、誕生日おめでとう!!」 「え?」 ジローが楽しそうにテニスバッグの中から何かの包みを取り出した。 それにはリボンが掛けられていて、どこからどう見てもプレゼント用の包みだった。 「あ、ありがとう」 やたらと大きな包みは思っていたよりも軽くて、何だか柔らかい。 「、これやる」 「俺からも。おめでと」 宍戸と向日がそれぞれプレゼント用にラッピングされた小さな袋をくれた。 「……ありがとう」 何が入っているかはわからないが、この二人は俺を女だと思っているから、恐らく女向けの物だろう。 「!!」 テニスコートに向かうと、跡部の声が聞こえた。 俺は嫌な予感がして聞こえないふりをした。 「おい、!!俺様を見ろ!!」 視界の端にチラッと赤い物が映り、俺は意地でも見ないと決めた。 「!!」 不自然なくらい顔をそむけて歩いていると、いつの間にか跡部は行く手を阻むように立ちはだかったようだ。 仕方がない、と諦めて跡部を見ると、案の定、跡部はとんでもない物を持っていた。 「ハッピーバースデー、。これが俺様の気持ちだ」 そう言って差し出してきたのは真っ赤なバラの大きな花束だった。 跡部が抱えるのもいっぱいいっぱいというくらい大量のバラの花は離れていてもわかるくらい強い匂いを放っていた。 (ありえねぇ……) バラの花は跡部が身じろぐたびにはらはらと花びらを落としている。 掃除が大変そうだ……まぁ、俺が掃除するわけではないが。 「……祝ってくれる気持ちは嬉しいけど、それはいらない」 「何だと!?そいつらからのプレゼントは受け取れるのに俺様からのプレゼントは受け取れないのか!?」 限度ってものがあるだろ、と怒鳴りつけてやりたい。 だが、夏休みまっただ中の早朝だというのに、テニスコートの周りには跡部ファンの女子たちが集まっていて、下手な態度は取れない。 それ以前に、跡部からのプレゼントを受け取っても拒んでも女子たちの僻みを受けることに変わりはないのだが、どうせならこんな恥ずかしい物は受け取らずに済む方が良い。 俺はギャーギャーと文句を言う跡部を無視して観客スタンドに入った。 夏休みの間、部活のための登下校は制服を着なくて済むから着替える必要がなく、俺は既に跡部が用意している俺専用のパラソルの下へ荷物を置いた。 「おはよう、さん」 椅子に座ると滝が近づいてきた。 「あ、おはよう。滝くん」 「お誕生日おめでとう。ついさっき知ったばかりで何にも用意できなくてごめんね」 「え。いいよ、気にしないで」 そもそも、俺は自分の誕生日をジロー以外に教えた覚えがなく、向日や宍戸はジローから聞いたとしても、何で跡部が知っていたのか不思議だった。 まさかジローが跡部にばらしたなんてことはないだろう。 「!!これを受け取れ!!」 いつの間にか跡部がすぐそばまで来ていた。 「いらないって」 「何なのよあの女!!」 バラの花束を押しのけると、女子たちが騒ぎ出す。 (じゃあ、てめぇらで分ければ良いだろ) 「…………はぁ……」 溜め息をつき、視線を足元に向ける。 地面に落ちたバラの花びらがまるで絨毯のように広がっている。 「わかった。受け取るから早く練習始めれば」 花に罪は無い、と思い込み、渋々承諾すると、跡部は嬉しそうに笑い、指をパチンと鳴らした。 すると、遊園地の時みたいにどこからともなくメイドやら使用人やらが現れ、バラの花束を花瓶に活け、テーブルの上に置いたり、俺の周りに並べ始めた。 あっという間に俺はバラに囲まれることとなった。 真夏に真っ赤なバラに囲まれるなんて、暑苦しいにもほどがある。 「……何これ……」 もう怒りを通り越して呆れてしまった。 跡部が悠然とテニスコートへと降りていき、練習が始まると、いつものように冷たいジュースやフルーツが運ばれてきた。 第四十五話← →第四十七話 戻る +あとがき+ 全国大会の青学戦前夜に跡部がバラの花をコートにまいたのを見て思いついた話です。 跡部なら絶対バラの花束を贈ると思う。 |