第四十七話



夕方に練習が終わり、跡部からもらったバラの花束やジロー達からもらった物を抱えて一人校門を出た。
このバラの花束を持ってきた当人は練習後、家の用事があるからとさっさと帰ってしまったし、薄情なことにジローや向日、宍戸も帰ってしまっていて、誰も手伝ってくれなかった。
多分、バラの花を押しつけられると思って逃げたのだろう。


(友達甲斐のない奴らめ……)


心の中でひっそりと悪態をついたとき、すぐそばに人の気配を感じた。
ハッとしてそちらを見てみると、忍足がバス停の前の壁にもたれかかるようにして立っていた。


「あ……」


驚いた拍子に、バラが一輪、地面に落ちた。


さん、今日、誕生日なんやってな。おめでとさん」


忍足はそのバラを拾うと、何故か俺の髪に差した。
バラが落ちないように細工でもしているのか、忍足の指はしばらく俺の髪をいじっていた。


「……ありがとう……」


まるで、忍足からバラをもらったような錯覚に陥り、何だか妙に恥ずかしくて、真っ直ぐ顔を見られない。
よく考えたら、今の俺はとんでもなくちぐはぐな恰好をしている。
学校指定のジャージ姿で、少し長くなった前髪は邪魔だからと無造作にゴムで縛り上げているし、大きなバラの花束を抱えているだけでなく、頭にもバラが差さっているのだ。
俺だったらこんな格好の奴がいたら笑ってしまうのに、忍足は平然としていた。


「家まで俺が運ぼうか?」


忍足がバラの花束を指さす。


「え?あ、ううん。大丈夫」


帰る方向が全然違う忍足に運んでもらうのは気が引けるため、俺は即座に断った。


「そうか?……ほな、気ぃつけてな」


道の向こうから俺が乗るバスが近づいてくるのが見えると、忍足はそう言ってにっこり笑った。


「うん、ありがとう。また明日ね」


バス停の前に停車したバスに乗り込むと、乗客の視線がすべて俺に向いて、いたたまれなくなった。
空いている席に座ると同時にバスがゆっくりと発車し、何気なく窓の外に目を向けると、忍足はまだそこにいて、真剣な眼差しで俺を見ていたが、俺と目が合うと、優しく微笑んだ。
その表情に胸が高鳴る。


(やっぱ、俺……)


言葉にするのは簡単なのに、どうしてもその先の言葉を続けられない。
俺の気持ちはもうとっくに一つのところに向かっている。
だが、俺が抱いている感情は世の摂理からしてみれば間違ったものでしかないため、どうあっても俺はこの想いを消してしまわなければならない。
忍足が俺に優しくするのは、俺が女だと思っているからで、大事な部活仲間だと思ってくれているからだ。
そう考えれば胸が痛み、ますます膨れ上がっていくだけ。
じゃあ、どうしたらいいのだろう。
何を考えたらこの想いは止まるのだろう。
いっそのこと、正体をばらしてしまおうか。
そうすればきっと……今まで俺に向けてくれていたあの優しい笑顔も、優しい言葉も一瞬で消え、蔑むような眼差しで、罵られるだろう。


「…………っ」


想像しただけで、足元が崩れ落ちるような錯覚に陥った。


(無理だ……)


正体をばらすなんてできない。
忍足に嫌われたくない。
ならばもう、俺に出来ることは、これ以上この想いを膨らませず、ただの部活仲間、ただの友達として接していくこと。
それしかないと思う。


『次は……』


突如、耳に飛び込んできたバス停名にハッとして俺は慌てて降車ボタンを押した。
程無くしてバスが停車し、俺は荷物を一つ残らず抱えてバスから降りた。
家に着くと、玄関まで出迎えてくれた父さんが俺の姿を見て腹を抱えて笑い転げた。
そんな父さんの姿を見て、先ほどまで鬱屈としていた気持ちが少し軽くなって、床に転がっている父さんを蹴飛ばし、風呂場へと向かった。
とりあえず、このバラの花束はバスタブに浮かべておこうと思ったのだ。
水が張られているバスタブにバラの花束を散らし、頭に差さっているバラを取るべく頭に手を伸ばして、そこにバラではない物の感触を覚え、俺は洗い場にある鏡を覗き込んだ。


「な……」


ゴムで縛った前髪の根元付近に見覚えのないヘアピンが二本差してあったのだ。
忍足が差したはずのバラはどこにもない。
慌ててヘアピンを外し、掌にのせて見てみると、それは10センチくらいの長さの銀色の細いピンに黄緑色の宝石のような石がいくつも並んでいるシンプルなデザインで、傷一つない新品だった。


「何だよ、これ……」


どうしてこんなものが俺の頭に差さっていたのか。
今日、家を出てから学校を出るまで、俺の頭に触った人は忍足ただ一人だった。
ならば、これは忍足が差したのか?


「何で……」


あのとき、忍足はこのヘアピンのことなんて一言も言わなかった。
もしかして、これは俺の誕生日プレゼントのつもりだろうか。


「……は、はは……」


ドクンドクンと鼓動が激しくなる。
多分、忍足は俺のために、何も言わずにくれたのだと思う。
部活後の、周りに誰もいないタイミングを選んだのも、これを受け取る場面を他の女子が見て、いらぬ騒動を起こさせないように、気を遣ってくれた。
忍足も跡部と同じように女子から人気があって、たくさんのファンがいるから。


(こんな……こんなことされたら、俺は……)


止めようと思っていた気持ちがさらにあふれてくる。
こんな風にさりげなく優しくしてくれる忍足が………………好き。
俺は男だけど、同じ男である忍足のことが、好き、なんだ。
一度でも認めてしまえば、止まらなくなるのはわかっていたのに、だからこそ、曖昧なままで認めようとしなかったのに、とうとうはっきりと形にしてしまった。


(忍足……)


思えば思うほどあふれてくる気持ち。
だけど、自覚したと同時に失恋が確定している。
俺が男である限り、受け入れてもらえる可能性はないのだから……。



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+あとがき+

八月の誕生石はペリドットなので黄緑にしました。
ちなみに、ジローからは羊の形の枕、岳人からは天使のストラップ(羽根つながりで)、宍戸からは白いハンカチ、滝からは一日遅れのプレゼントをもらう(ネイル用品)、と書くつもりでしたが、書くタイミング逃しました;
主人公は忍足が好き、ということですが……出すの早すぎたかな?