第四十八話
夏休みも残りあと三日となり、休憩時間になると同時にジローと向日と宍戸が宿題が終わっていないと騒ぎ出した。 「ちゃん!!ちゃんは宿題終わった?」 備品リストを見ながら部室に戻ると、ジローが駆け寄って来た。 「ドリルとかプリントは終わったけど……自由研究がまだ」 終わってない、と続ける前にジローが身を翻して向日たちの元へと戻っていく。 「自由研究!?ヤバいよ向日、自由研究もあるって!!」 「え、マジかよ!?うわー、どうする亮!?」 「どうするもこうするもやるしかねぇだろ」 三人は顔を突き合わせてウンウン唸り出した。 さすがに人の宿題の面倒まで見きれないので、俺は素知らぬ顔で椅子に座り、備品リストに目を落とした。 そのとき、スッと前髪が眼前に落ち、俺は指でその前髪をつまみ、ヘアピンで留め直す。 忍足にもらったヘアピンに触れる度に胸が騒ぐが、動揺を表に出さないよう必死で取り繕った。 「さん、来月の予算案出したから見てくれる?」 滝が一枚の書類を持ってきて、俺の前に座った。 テニス部の会計係でもある滝は何故か必ず部費の予算や決算を俺に決定させたがる。 まぁ、備品の購入をしたり注文をしたりするのはマネージャーである俺なので、実質、俺が財布の紐を握っていることになるからだろう。 「……うん、これで良いと思う」 一通り目を通し、書類を滝に返す。 「ありがとう。さん、そのヘアピン、お気に入りなの?よく触ってるよね」 「え!?」 何気なく滝に尋ねられ、心臓が口から飛び出しそうなほど驚いた。 ヘアピンに触っている自覚は無かったが、今まさに無意識にヘアピンに手を伸ばしていたところで、誤魔化すことすらできない。 あまりの羞恥に顔が熱くなる。 咄嗟に部室の中に視線を巡らせ、忍足の姿がないことを知りホッとした。 それに跡部もいなかったので、一安心だ。 誕生日の翌日、このヘアピンで丁寧に前髪を留めて登校したら、跡部がそれは誰からもらったのかとしつこく騒いでいたのだ。 そのときは曖昧に誤魔化していたのだが、これを大切にしているとわかると跡部はますます煩くなるだろう。 「俺、そんなに驚くようなこと言ったかな?」 滝はビックリしたのか、目をぱちくりさせていた。 「べ、別に……驚いたっていうか……」 どんな言い訳をしても取り繕えないような気がして、うまく言葉にならない。 「よくわからないけど、動揺させちゃったみたいで、ごめんね。じゃあ、俺、この書類を監督に届けてくるね」 滝はそう言って部室を出ていった。 入れ替わるように忍足が入ってきて、俺は動揺のあまり椅子から落ちてしまった。 「さん!?」 「ちゃん!?」 「おい、大丈夫か、!?」 忍足だけでなく、ジローたちも駆け寄ってきた。 「だ、だいじょうぶ……」 机の端を掴んで立ち上がり、宍戸が直してくれた椅子に座り直す。 したたかに打ちつけた尻が痛いが、今はそれどころではない。 間近にいる忍足の存在に内心パニックに陥る。 誕生日のあの日以来、一定の距離を保って関わっていたのに、少し手を伸ばせば届く距離に忍足がいるこの状況に心が乱される。 周りに聞こえてしまいそうなくらい激しい鼓動に、心臓が押しつぶされそうな圧迫感。 このまま心臓が止まってしまいそうで怖かった。 「大丈夫か?」 向日が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。 真っ赤になっている顔を見られたくなくてうつむいた。 「大丈夫。ごめん」 動揺を悟られないように静かに絞り出した声は少し震えていた。 「お前ら、いつまで休んでんだ、アーン?」 部室に飛び込んできた跡部のおかげで、部室内に流れていた微妙な空気が打ち消された。 時計を見てみれば、丁度休憩時間が終わる時間で、忍足たちは俺を残して部室を出ていった。 「?何してんだ、お前もすぐに来い」 「わかった」 俺はグッと奥歯をかみしめて立ち上がった。 第四十七話← →第四十九話 戻る +あとがき+ オトメゴコロ炸裂(笑) |