第五十三話



ぐだぐだ迷っているうちに練習が終わってしまった。
忍足へのプレゼントは今もまだジャージのポケットに入れられたままだ。


(どうしよう……)


人目に付くところで渡すわけにはいかないし、こっそり呼び出すこともできない。
部員たちがテニスコートから部室棟に移動する後をついて行き、皆が部室に入るまで見届けた俺は途方に暮れた。
制服に着替えに行こうにも、その間に忍足が帰ってしまうかもしれないと思ったら離れられなくなった。


『忍足くん、誰からもプレゼントを受け取る気ないんだって』


昼間、偶然耳にした話がよみがえる。
このまま待っていても忍足は受け取ってくれない。
それなら諦めるしかない、そう思うのだがなかなか踏ん切りがつかない。
意味もなく部室の前をうろついていると、着替えを済ませた他の部員たちがちらほら出てくる。


「あれ?さん、まだ着替えてないの?」


声をかけられてハッとすると、滝だった。


「あ、うん……ちょっと……」


「もう暗いし、早く帰らないと危ないよ」


「うん、そうだね……」


「……さん、もしかして、誰かに用があるんじゃない?」


「え!?」


言い当てられてドキッとする。


「呼んできてあげるから……着替えたらプール裏に行って」


滝はそう言うと部室に戻っていった。


「え、何で……」


誰に用があるとか言ったわけじゃないのに、滝は何も聞かなかった。
俺はどうしたらいいかわからず、とりあえず言われた通り着替えを済ませるため更衣室に向かった。
手早く着替えを済ませ、忍足へのプレゼントを丁寧にカバンにしまってから更衣室を出る。
部室棟の前を通り過ぎ、プール裏へ行くと暗がりの中に人影を見つけてドキッとした。
そのシルエットに見覚えがあり、俺は思わず立ち止まった。


(まさか、本当に……?)


念入りに辺りを見渡し、ゆっくりとその人物に近寄る。


さん?」


顔が見えるか見えないかのところまで行くと名前を呼ばれた。
間違いなく忍足の声だった。


「……忍足、くん……」


ぽつりと呟いた声は、かすかに震えていた。


「俺に、何か用があるんやって?」


忍足は優しくそう言った。


「……うん。えっと……」


俺は肩にかけたカバンからプレゼントを出し、忍足の方へ差し出した。


「誕生日、おめでとう……」


拒まれることを恐れ、俯きながら告げた言葉は先ほどよりも震えていて、おまけにプレゼントを持つ手まで震えていた。


「おおきに、さん」


そんな言葉と共に俺の手からプレゼントの包みが消える。
ハッとして顔を上げると、忍足は笑顔で俺のプレゼントを持っていた。


「……っ」


まさか受け取ってもらえるとは思ってなかったから泣きそうになって慌てて俯いた。


(やばい……)


このままここにいたら俺は間違いなく泣いてしまうだろう。


「そ、それを渡したかっただけだから……帰るね。バイバイ」


俺は早口にそう告げると、その場から走って逃げた。



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+あとがき+

忍足BDはこれで終わりです。
中途半端な気もしますが……
滝はどこまで気づいているのでしょう?