第六十二話
文化祭で空手黒帯を告白してから、女子の嫌がらせが減った。 まぁ、無意味に暴力をふるう気なんてさらさらないが、平穏な日々を送れるならそれでいいだろう。 相変わらず、跡部や忍足が近くにいると睨まれてはいるので、好転したのかどうかは微妙なところだ。 「、今日の練習早く終わるし、帰りにゲーセン行かねぇ?」 レギュラー用のドリンクを用意していると、一足早く休憩に入ったらしい岳人が寄ってきた。 「うん、良いよ。亮とジローくんも?」 「……いや、俺とだけ」 最近、岳人はこうして俺だけを遊びに誘ってくることが増えた。 岳人と二人だけで遊ぶのも楽しいから構わないのだが、何か釈然としない。 「わかった」 俺がうなずくと岳人はホッとしたような表情になった。 ***** 練習が終わり、さっさと着替えを済ませた岳人と二人で学校を出て、よく行くゲームセンターに向かった。 「次どうする?」 対戦ゲームも体感ゲームも一通り遊び、休憩がてらジュースを飲みながら尋ねてみる。 「そうだなー……」 岳人がゲーセン内をぐるりと見渡し、一瞬視線を止めて、何気ない風を装って目を逸らした。 その視線の先にあったのはプリクラの機械だった。 女子高生が大勢いて、俺なら絶対に近寄らない場所。 撮りたいとか言い出したらどうしようかと思う。 一緒に写真を撮るくらいなら全然構わないが、プリクラは遠慮したい。 何より嫌なのは、あの女子の集団の中に並ばなければならないということ。 「あそこのクレーンゲームにしようぜ」 そう言って岳人が示したのはプリクラ機とは正反対にあるクレーンゲームコーナーだった。 「良いよ」 ホッとしながらうなずき、空になったジュースの缶をゴミ箱に入れた。 クレーンゲームコーナーに移動すると、岳人はあらかじめ狙いをつけていたのか拳大くらいの猫のぬいぐるみのキーホルダーのクレーンゲームに向かった。 「あークソッ!また落ちた」 もう何度目になるか、クレーンで掴んでは運ぶ途中で落ちるというのを繰り返している。 頑張っている姿を見ていると、もう諦めたらいいのにとは言えない。 そんな岳人の様子を見ながら俺は隣のクレーンゲームをやっていたが、あまりにも取れなさすぎてさっさと見切りをつけた。 「あー……もう金ねぇや……」 岳人は財布の中を見て呟くと、最後の一枚らしき百円玉を投入口に入れた。 深呼吸して慎重にクレーンを操作する。 (今度こそ取れますように……) 岳人の横でじっと息を凝らしてクレーンの動きを見守った。 「……お?あ、やった!!」 クレーンはきっちり猫を掴み、ぶれることなく穴の上へ運んでいき、ポトンと景品口に落ちるのを見て、俺たちは両手でハイタッチをした。 「おめでと〜良かったね」 「おう!!」 岳人は満足げに猫のキーホルダーを取り出すと、何故か俺に差し出した。 「え?」 「お前にやる」 「え!?いや、さすがに悪いよ」 いくらつぎ込んだか数えていなかったが、かなりの大金を費やしたのだ。 簡単に俺がもらうわけにはいかない。 「良いんだよ、お前にあげようと思ってやってたんだから」 「えぇっ!?」 岳人の言葉にも驚いたが、岳人の顔が真っ赤なことにも驚いた。 まさかまさかとは思っていたが、岳人は本気で俺のことを……それではますますもらいにくい。 「ほら、カバンにつけてやるから」 岳人はそう言うと、さっさと俺のカバンに猫を括り付けた。 「えー……」 何と言えばいいかわからず戸惑っていると、岳人はスッと目を逸らし、俺の手を引いてゲーセンの外に向かった。 「そろそろ帰ろうぜ」 「……うん……」 ゲーセンから商店街までの道を並んで歩く。 その間俺たちは一言も口をきかない。 やがて岳人の家の前まで来ると、岳人が立ち止まった。 「じゃあ、また明日な」 「……うん。また明日……これ、ありがとね」 「おう」 カバンにつけられた猫を示して礼を言うと、岳人は笑顔になって家に入っていった。 「……はぁ……どうすっかなぁ……」 自宅に向かいながら小さくぼやく。 岳人の想いに応えることはできないが、その理由を答えることもできないし、今の関係を壊すこともできない。 「はぁ……」 家に着くまでの間、何度もため息がこぼれた。 第六十一話← →第六十三話 戻る +あとがき+ さあ、どうなるでしょう、この二人…。 |