第六十三話
「あれ?ちゃん、それどうしたの?」 翌朝、カバンに猫のキーホルダーを付けたまま登校すると、意外と目敏いジローに尋ねられた。 その後ろにいた岳人が嬉しそうに笑い、俺は複雑な気持ちになった。 「もらったんだよ」 誰に、とは言わず、それだけを告げる。 岳人も自分からとは言わなかったため、それでよかったのだろう。 「そうなんだ〜。良かったね」 ジローがそう言って俺の隣に並ぶ。 俺たちの後ろを岳人と亮がついてきて、俺たちは朝練のため部室に向かった。 * * * * * 昼休み、国語の授業で出た課題のため、必要な本を借りに図書室へ行った。 図書室の中は閑散としていたが、全く生徒がいないわけではなく、ところどころに人の気配がある。 目的の本を探すため本棚の方へ行くが、他のクラスでも同じような課題が出たのか、めぼしい本はほとんど借りられてしまっていて見つからなかった。 「図書館行くしかないか……」 そう諦めて、本棚を抜けると、窓際の机に忍足の姿を見つけた。 忍足は静かに本を読んでいる。 今日は図書室で読む日だったのかと思い、さりげなく様子を眺めた。 (あ、あれ……) 机の上に見覚えのある銀色のブックマーカーを見つけて胸があたたかくなった。 てっきり処分されているものと思っていたから、実際に使ってくれているのが嬉しかったのだ。 しかも、あの日聞いた話が本当なら、忍足は俺以外からプレゼントを受け取っていないことになる。 特別扱いされているような気がして面映ゆい気持ちになる。 跡部に特別扱いされるのは嫌だけど、忍足になら特別扱いされたい。 そんな風に考えてしまうほど、俺の気持ちはどんどん忍足へと向かっていく。 想いを膨らませないように意識すればするほど膨らんでいく想い。 もっとそばに行きたい、少しでいいから触れてみたい……欲望ともいえるその想いは俺の心の器をいっぱいに満たしている。 少し揺らせばこぼれてしまうほどギリギリの状態を保っていて、俺はぎゅっと制服の上から胸を押さえた。 柔らかさなんてまったくない胸。 それは俺が男であるということの証拠。 女になりたいなんて思わないけど、忍足のそばにいられるなら本物の女だったらよかったのにとさえ思ってしまう。 (あ……) 不意に忍足が顔を上げ、こちらを見ようとしていたため俺は慌てて本棚の陰に身を隠した。 バクバクと激しく打つ鼓動をてのひらに感じ、俺は大きく息を吸った。 静かにそっと息を吐き出し、本棚の向こうを窺い見る。 忍足は本に視線を戻していて、俺に気付いた様子はなかった。 そのことにホッとし、静かに本棚を離れて図書室の外へと出る。 ドアを閉めるときに一瞬だけ忍足の方を見た。 忍足はじっと本に目を向けていて、こちらを見ない。 ホッとすると同時に少しだけ残念に思いながら図書室の前から離れた。 「あ、!」 本館への連絡通路で岳人と亮に会い、俺は何となく後ろめたくなった。 別に何か悪いことをしているわけではないのに、岳人の顔を見ると申し訳ない気持ちになるのだ。 岳人の想いに応えられない俺。 純粋に想ってくれている岳人を騙している俺。 周りを騙したまま忍足に恋をする俺。 そのすべてによって、俺は自分が重大な罪を犯しているような気になる。 「あ、侑士だ」 岳人が俺の後ろを見て言った言葉にドキッとする。 振り返ってみると、本を脇に抱えた忍足がこちらに向かって歩いてきていた。 その本には先ほども見たブックマーカーの月がぶら下がっている。 どうやら忍足は昼休みが終わる前に教室に戻るつもりらしい。 「三人揃って何しとるん?」 「いや、俺たちも今ここで会ったばかりだぜ」 忍足の問いに亮が答えた。 「そうなんか?」 「おう。侑士も途中まで一緒に行こうぜ」 「ええよ」 岳人が誘い、忍足がすんなりと承諾したため、俺たち四人は一緒に本館へと戻る。 教室の前で三人と別れるまでずっと俺は忍足とその持っている本に挟まっているブックマーカーを意識していた。 隣にいる岳人が悔しそうな顔をしていることに気付きもせずに……。 第六十二話← →第六十四話 戻る +あとがき+ 今のところ、岳→主→忍→主(…?)となるのかな。 どういう風にしたら一番しっくりするのか思案中です。 |