第六十四話



十二月に入ると、世間は賑やかになる。
クリスマスという大きなイベントを目前にし、街中がキラキラと輝き出すのだ。
イルミネーションのお陰もあると思うが、それ以前に人々がきらめいている。
特に身近にこういうイベントごとが好きな人間がたくさんいると、自然と自分も楽しくなってしまう。
そんなわけで、俺たちテニス部は十二月二十四日の夜、クリスマスパーティーをやることになった。
最初はジローたちとプチパーティーをやるつもりだったのだが、跡部が家のパーティーに俺を招待すると言い出し、それを拒んでいたら、滝がみんなでやればいいんじゃないかと言い出したのだ。
それもどうかと思ったのだが、忍足も参加するということで俺は渋々といった風を装って了承した。


「クリスマスパーティー楽しみだね、ちゃん」


「……うん」


ジローの心は既に三週間後のクリスマスパーティーにあり、いつも以上に楽しそうだ。
今日から始まる期末試験のことなど綺麗さっぱり忘れているらしい。
俺は今度こそ跡部を追い越してやろうと、一か月前からゲームもやらずにひたすら勉強し続けてきたというのに、ジローは呑気にクリスマスの話ばかりしている。
そのことに少し苛立ちながらも、適当に相槌を打った。


「……そろそろ先生来るから戻ったら?」


「はーい……」


チラッと壁の時計を見上げて言うと、ジローは拗ねたような顔をして自分の席に戻っていった。



* * * * *



「忍足くんのことが好きです」


期末試験初日を終え、家に帰ろうと校舎脇を歩いていると、どこからかそんな声が聞こえてきた。


(これってまさか……)


そう思って辺りを見渡すと、すぐ近くの教室の中に忍足の姿を見つけた。
丁度、こちらに背を向けた位置に忍足がいて、告白した女子の顔は見えない。


「……悪いんやけど、俺、アンタに興味ないから……」


忍足の冷ややかな声にドキッとする。
普段、優しいときの忍足しか見たことがなかったから驚いた。
そういえば、誕生日のとき、忍足は誰からもプレゼントを受け取っていなかったことを思い出した。
それなのに俺からのプレゼントは受け取ってくれて、しかも使ってくれている。
彼女たちと俺との違いは何だろう?
やっぱり部活仲間だからだろうか。
そんなことを考えていると、バタバタと女子が走り去る足音が聞こえた。
忍足がこちらを振り返りそうになって、俺は慌てて身を隠した。
足音を立てないよう静かにその場を離れ、新館の角を曲がったところで足を止めた。


『俺、アンタに興味ないから』


今まで聞いたことのない声。
そして拒絶。
もしもあの言葉が俺に向けられたら、なんて想像するだけで怖い。
この想いを伝えてはいけない……そういうことだろう。


「あれ?さん?」


不意に背後から聞こえた声にビクッとする。
そちらに顔を向けると、いつもの優しい笑みを浮かべた忍足がいた。
先ほどの教室が昇降口のすぐ近くだったことを思い出す。


「今帰り?」


「……うん」


先ほどの場面を俺が見ていたことには気付いていないようでホッとした。


「なぁ、さん」


校門に向かおうと前に向き直ると、忍足が静かに俺を呼んだ。
何だろうと思いながら振り返る。


「ちょっと先の話なんやけど、二十五日空いとる?」


「……え?」


一瞬何を聞かれたのかわからずポカンとした。


「映画の試写会、一緒に行かへん?」


「……部活、は?」


二十五日は冬休みに入っており、朝から部活がある日でもある。


「試写会、朝からやねん。サボるつもりや」


「え……」


「どうしてもサボるんが嫌やったら断ってくれてもかまわへんよ」


「……嫌じゃ、ないよ……行きたい」


小さく続けたものの、跡部にバレたら怒られるのではないだろうか。
そんなことが頭をよぎる。


「良かった。ほな、二十五日は十時に駅前で待ち合わせでええ?」


「……うん、わかった」


頷きながら胸がバクバクする。


「さ、そろそろ帰ろか」


忍足に促され、俺は校門に向けて足を進めた。



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+あとがき+

ようやく十二月です。
ここまで来るのに六十話以上もかかったなんて…
三年生に上がる頃には一体何話になってるんでしょうか(汗)